第734話 無数の槍
「……つまり、玲遠にはレオラの
想像もしなかった話だ。しかし、本来魔力を持たない人間であるはずの玲遠が魔力を持つ理由を説明することは出来る。
驚き戸惑うリンたちに、ジェイスは「そうだ」と頷いてみせた。
「玲遠の欲求と荒魂の欲求が共鳴し合ったんじゃないか、とわたしは思う。何にしろ、これで彼が一筋縄ではいかない理由が判明したよ」
「そうですね。……ただ正体が何であろうと、俺たちは彼らを退けないといけません」
例え神の力を持とうと、持たざろうと、やるべきことは何も変わらない。リンはジェイスたちと話しながら、玲遠の様子を気にしていた。彼の力が外からのものだとわかった今、どうにかして二つを引き剥がさなければならない。
「何をしているのかな? 私の楽しみを邪魔するなんて……無礼ではないか」
「はぁ!?」
ユキが語尾を上げ、ふざけるなという顔をする。リンは今にも飛び出しそうな弟の肩を引き寄せ、玲遠を眺めた。
「無礼、ね。無視したことは謝ろうか。だけど」
リンは手にしていた剣の切っ先を、真っ直ぐに玲遠へと向けた。
「壊し甲斐なんて、与える気はないから」
「……上等だ」
ニヤリと嗤った玲遠は、軽快に指を鳴らすとリンたちを囲む無数の槍に色を付けた。七色のそれは一見すると美しいが、そこに込められた殺意にゾッとする。
楽しげに下手な口笛を吹く玲遠を見て、晶穂は手にしていた氷華の柄を握り締めた。彼女が視線を巡らせると、鋭利な刃物の先が陽の光に照らされて輝く。
「……これが、荒魂の力」
「晶穂さん、兄さん。絶対に止めよう。こんなものに串刺しになんて、されたくないからね!」
威勢の良いユキが、氷の魔力で自分と同じくらいの大きさのハンマーを生成する。それをブンッと振り回し、使い勝手を確かめた。
「よしっ」
「ユキ、いつの間に……」
いつの間に、そんな武器を創れるようになったのか。リンは感心しつつ、ふっと笑った。
「頼りにしているぞ、ユキ」
「片っ端から叩き落とすよ!」
そう吠えたユキが、氷の粒をまとったハンマーを振り上げる。そのタイミングを待っていたかのように、前触れもなく槍が三人に向かって降り注ぐ。
「さあ、串刺しにしてしまえ!」
「させないっ」
晶穂が強力な結界を創り出し、真っ直ぐに飛び込んで来た槍を片っ端から受け止める。突き立った槍は結界に阻まれ、それ以上動けずに霧散した。
「ちっ」
しかし、素直に飛ぶ槍ばかりではない。自由自在に空中を飛び回り、自分のタイミングで襲い掛かる槍が半数ほどある。それらは晶穂の結界を躱し、リンとユキが個々に撃墜していく。
高みの見物を決め込んでいた玲遠だが、それをリンに見付かった。
「お前の相手は俺だ!」
「――っ、壊してやる!」
「やれるもんならやってみろ。ユキ、晶穂。任せた」
逃げる玲遠を追い、リンは衝撃波を放つ。それを横目に、ユキは魔力を解放した。
「任された。一気に行くよ! てやあっ」
ユキが容赦なくハンマーを振り抜けば、パキンパキンッと氷が割れるように気の力で創られた槍が折れる。木っ端みじんになった矢を地面に残し、それらを踏み締め蹴り飛ばして玲遠へと迫った。
「これ以上、好きにさせない!」
「そんなハンマー一つで私を止められるなんて思わないことだな!」
ユキのハンマーと玲遠の繰り返し創り出される槍がぶつかり、槍が負けて折られる。しかしそれだけで終わらず、どうしても大雑把な動きになるハンマーの動きを読んだ槍がすり抜け、ユキを背後から突き刺そうとした。
「ユキ!」
「……あき、ほさん!?」
目を見開いたユキの目の前に、灰色の髪が揺れる。晶穂がユキを殺そうとしていた槍を叩き落し、更に追撃を受け止め弾き返したのだ。
「怪我はない? ユキ」
「ぼくは……ありがとう!」
「どういたしまして」
にこっと微笑んだ晶穂は、決して振り返らずに飛んで来る槍を真剣な顔をしてさばいていく。
他のメンバーよりも戦うことが得意ではない晶穂だが、決して弱いわけではない。ジェイスに師事し、日々鍛錬し、実践も幾つも経験している。大抵の敵は相手に出来る自信があった。
気を取り直したユキと共に、自分たちに向かって来る無数のそれを叩き潰していく。
「うっ」
当然のことながら、全てを一発で仕留められるわけではない。少なからず傷を負うことになるのだが、気の力で創られた槍は、体に刺さるとすぐに消えてしまう。結果、傷だけが残ることになる。
(……ちょっとまずいかな)
頬や二の腕、太もも。様々なところに浅い傷を作りながら、晶穂はうずくまりたい衝動になんとか耐えていた。この傷は、ユキにも離れて戦うリンにも知られてはいけない。
(冷や汗出て来た。……今だけ、耐えて)
服に血がにじむ。実はユキを背後から突き刺そうとしていた槍を叩き落した際、ほぼ同時に右脇腹を別の槍に刺されていた。刺すとはいえかすった程度で、傷は浅い。それでも動く限りは血が止まらず、晶穂は表情を長い髪で隠しながら氷華を操った。
「――晶穂さん、怪我してる?」
「えっ」
だからこそ、傍で終わりの見えない玲遠の魔法の相手をしていたユキに指摘されて動揺した。晶穂は思わずユキの顔をまじまじと見てしまい、彼に顔を見返されてしまったのだ。
「やっぱりだ。顔色、凄く悪いよ」
「だ……大丈夫。玲遠のこと、止めないと。荒魂の力を使っているのなら、猶更」
「……。出来る限り、援護するよ。ぼくの油断が招いたから」
「ユキ……」
バレていた。晶穂は胸の痛みを感じながら、小さく「ありがとう」と礼を言う。そしてもう一言、言わなければと氷華を振り回しながら微笑んだ。
「ユキのせいじゃない。ユキを守りたいって咄嗟に動いたんだから」
「だったら、今度はぼくの番だよ」
ユキは魔力をより強く籠め、ハンマーを一気に成長させた。RPGの武器のように、巨大化させて威力を強める。
「兄さんが玲遠と直接戦ってる。こっちはぼくらがやり切らないとね」
「うん。勝とう」
ユキの魔力で創った氷で傷を冷やし、晶穂は歯を食いしばって徐々に数を減らすが勢いの衰えない魔法の槍を睨み付けた。
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