神の懸念

第733話 荒魂

 ジェイスたちの前に現れたレオラは、開口一番で「面倒なことになった」と呟いた。

「お前たちも知っているだろうが、扉が不正に開けられた」

「知っているよ。開けた張本人は、こちらの世界の支配を目論んでいる。ゲームのよ

うな感覚みたいだけれど、私たちは彼らを元の世界に戻すために戦うつもりだ」

 ジェイスの言葉に、レオラは頷く。そして、再び口を開いた。

「玲遠と言ったか、その張本人は」

「そうだよ。あっちの世界で扉を開けるイベントを開催して、こじ開けたんだ! 天也も巻き込まれたし!」

「俺は……」

 ユーギが耳をピンっと立てて言うと、天也は何かを言いかけて口をつぐんだ。そんな天也を、唯文が心配そうに見ている。

 ジェイスはあえて何も言わず、レオラの方へ目を向けた。

「玲遠には、どうやら魔力のようなものがあるようなんだ。それを使って、次元の繋がりを捻じ曲げたと私たちは考えている」

「そういう考え方で大きくは間違っていないだろう。何にせよ、創り出された扉が奴に共鳴して現れてしまったことが何よりの問題だ。……お前たちにはまた迷惑をかけるが」

「迷惑だなんて思わない」

 レオラの言葉を遮ったのは、黙って話を聞いていた唯文だ。ぎゅっと手を握り締め、彼は真っ直ぐにレオラを見つめる。普段からあまり自ら喋らない唯文が、誰かの言葉を遮るのは珍しい。

「友だちが利用された。それが許せない。だから、戦う。……理由なんて、それで十分だろう?」

「唯文……」

「ククッ。いつの間にか男前になったな、唯文」

 レオラは肯定も否定もせず、それだけ言うとニヤリと笑った。

 そんな創造主に、唯文は「それで」と話の先を促す。少しだけ頬が赤くなっていたことは、誰も指摘しない。

「何か知っているんだろう、レオラ。わざわざこうやって、おれたちの前に現れたんだ。連絡だけなら、水鏡を使えば事足りる」

「その通りだ。直接、盗聴されない方法で伝える必要があったんだよ」

 先程までの軽い雰囲気から一転、レオラの銀色の瞳が真剣な光を帯びる。それだけで威圧感が増し、圧を浴びることに慣れていない天也がビクッと体を震わせた。

 ジェイスが天也の様子に気付き、軽くレオラを一睨みする。

「うちの子を怖がらせないでもらえるか?」

「悪かった。ただ、これから話すことを聞いたら、きっとこの目の意味も分かってもらえるとは思うんだがな」

「何のことだ?」

 立っていたジェイスたちを前に、レオラはベンチに腰掛け足を組む。銀髪銀の瞳の美青年は、一つ息を吐くとようやく話題を戻した。

「私は、まだ玲遠という奴に会ったことはない。だが、が奴を知っている」

「……もう一人の、レオラ?」

「何それ、分身みたいな?」

 レオラの言葉の意味が分からない。戸惑うジェイスたちに、レオラは静かにその正体を告げた。

「分身に近いが、少し違う。神には二つの側面がある。和魂にぎみたま荒魂あらみたまと呼ばれるものだが、時折片方がもう一方を置いて何かに引き寄せられ憑依してしまうことがあるんだ」

「憑依……。え、そのあらみたまとにぎみたまって、意思があるの!?」

 驚き素っ頓狂な声を上げたユーギに、レオラは曖昧に頷いた。

「基本的に、体を支配するのは和魂だ。荒魂は魂の深い場所で眠っていることが常だが……十日程前に、私の荒魂が消えた」

「消えた?」

「どういうことだよ」

 天也と唯文が首を傾げ、ジェイスはふと閃いたことがあって「まさか」と指を唇のすぐ下にあてた。

「まさかとは思うけれど、その荒魂が玲遠の魔力の源だというのではないだろうな? レオラ」

 ジェイスの問いかけに、創造主は微苦笑で応じた。

「そのまさか、だよ。何がどうなって繋がっていないはずの次元を超えて地球に辿り着いたかを知ることは不可能だろうが、事実は事実だ。……神の力がなければ、少なくとも扉を開けることもままならない。お前たちが以前扉を開けることが出来ていたのは、常時扉を誰もが開ける程、二つの世界の距離が近かったからだ」

「知ってる。だからおれも、団長も、晶穂さんも、克臣さんも、向こうにいることは出来なくなった。晶穂さんと克臣さんは、選んでこっちに来たけど」

「そうだな。向こうの世界と契約し、ほとんどの者からお前たちに関する記憶を消し去り、世界と世界の繋がりも絶ったはずだった。だが荒魂が暴走したことで、時期を待たずして、二つの世界が繋がった。……お前たちに言っておこう。荒魂が魔力を与えているが、玲遠という者はそうとは知らない」

「つまり、玲遠は後天的に魔力を得た上で、無自覚に力を行使しているということだな。……何故荒魂が彼を選んだのか、貴方にはわからないのか?」

 ジェイスが尋ねるが、レオラの答えは「わからない」だった。

「わかっていれば、お前たちと奴がぶつかる前に荒魂を回収する。それが不可能だから、お前たちに依頼しているんだ。……奴ごと、荒魂を倒せ。心配せずとも、荒魂をどうにかしたところで何も起こらない」

「荒魂を倒せば、扉は消えるのか?」

 唯文が訊くと、レオラは「そうだ」と頷く。

「扉は閉じ、天也も日本に戻れる。そんな顔をせずとも、約束通り五月には正しく扉を開くから」

「……そんな顔なんて言われるような顔はしていない」

 否定しながらも、天也は少し切なげな顔をしていた。無理矢理とは言え、ほとんど一年越しに友人たちに会えているのだ。後何か月後かにはまた会えると言われても、寂しくなってしまうのは当然だろう。

 レオラは神庭に戻った。来た時と同様に、空間に溶けて染むかのように姿を消して。

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