第732話 空気弾への対処法

 玲遠が操る力は何なのか。明確なものを知らなかったリンだが、戦うことでそれは明らかとなっていく。

 光の加減で時折姿を見せる空気の弾が自分の脇を通り過ぎ、ユキが「ひゅっ」と息を呑む。影のない空気弾は気付いた時には間近に迫っている凶器であり、ユキはそれが触れたら割れる氷のプレートを幾つも周りに浮かべた。

 パリンッとプレートが割れる度、そちらに氷柱の雨を降らせる。細い氷柱に貫かれると、空気弾は霧散して消えてしまう。

(ジェイスさんの力に近いな。空気を圧縮して固めて、放つ)

 ジェイスの魔力は、空気の一部を自由自在に変形してナイフや剣、バリアや板を作ることが出来るというものだ。汎用性が高く、地上ではほぼ無敵だといっても差し支えはない。

 そのジェイスと同様の力を持つ玲遠を相手にすることになり、リンたちが警戒するのも仕方のないことだった。

 晶穂は氷華を手に、玲遠の魔力の気配を感じると同時に矛を振るう。しかしその命中率は五割強といったところで、それほど高くはない。

「見えないものを躱して倒す……想像以上に難しいね」

「今のところ、ユキのやり方が良さそうだが」

 リンも剣を手に、魔力の軌道に神経を尖らせて立ち居振舞う。日の光に照らされ空気弾が姿を見せた瞬間にそれを両断し、着実に数を減らしていく。

 玲遠は懸命に自分の攻撃に対応しようとするリンたちを眺めつつ、彼らの自信を喪失させるためにどう打ちのめそうかと画策する。

「これで……どうだ!」

 光の速さで宙を駆けるのは、見えない空気弾。直撃すれば、骨を確実に砕く威力を持つ。玲遠はそれを、三人の中で司令塔の役割も果たすリンへ向かって放っていた。

 ゴッという風圧に気付いた時には既に遅く、あばら骨の数本が折れているはずだ。いや、はずだった。

「……何っ!?」

「悪いが、こういうのは昔から慣らされてるんだ」

 リンは胸の前に剣の腹を置き、空気弾を霧散させた。強い衝撃が剣を持つ手を痺れさせたが、奥歯を噛み締めて耐える。これくらい、ジェイスや克臣と鍛錬する中で何度も経験した。

「俺の戦いの師匠たちは、時々手加減を忘れるからな」

「だとしても……お前、どんな訓練を受けてきたんだ?」

 玲遠が驚愕するのも無理はない。彼は、自分より強い者を知らなかった。知る機会がなかった。日本では魔力を使うことはなく、命のやり取りをすることもほとんどの場合はない。だから彼の力を見た人はすぐに逃げてしまい、抵抗する者などいなかった。

 しかし、異世界はやはり違う。玲遠が何かに目覚めつつある時、リンはそれに気付かなかった。ただ冷静に、玲遠らを元の世界に戻して扉を閉じることだけを目的としていた。

「死線を何度もくぐり抜けてきた……それは言いすぎか。単に、守りたいものを守るために抗ってきただけだ」

「私のコレに抵抗出来た人は、日本にはいなかった。いや、マジシャンとして世界にも行ったけれど、どんな所に行ったって、どんな奴を前にしたって、この力が及ばないことなんてなかった」

「当然だ。日本には、地球には魔力が存在しない。兵器も武器も、人間が作り出したものが溢れ返っている。魔力は、魔法は必要ないだろうから」

「……素晴らしいな。宝の持ち腐れだと思っていた力が、この世界ならば通用する。それどころか、こんな

「……玲遠?」

 何かがおかしい。リンを始めとした三人がそう思った時、突然三人の服のポケットからけたたましい電子音が鳴り響いた。

「ジェイスさん?」

「こんな時に……?」

「こんな時、だからこそかもしれないな」

 玲遠から注意を逸らさないようにしながら、三人は通話のボタンを押した。それがただの通話ではなく、ビデオ通話であることで何かあったのかと不安が誘われる。

「ジェイスさん?」

「何かあったんですか?」

「今、玲遠が……」

「その玲遠について、レオラから連絡があったんだ。意識をこっちに半分だけくれるかい?」

「わかりました」

 端末の画面には、リンたち三人とジェイスの顔が映し出されている。ジェイスの表情に緊迫感を感じ取り、三人は頷く。

 三人の顔を確かめ、ジェイスは「さっきのことなんだけど」と話を始めた。




 通話を開始する十分ほど前のこと。

 ユーギ、唯文、天也と共に歩いていたジェイスは、幾つかの扉が開いているのを発見した。それは空き家だったり住人がいたりと様々で、住人がいる場合には彼らに注意喚起すれば済む。

 反対に空き家だった場合、周辺住民に頼んで立入禁止にする措置を講じてもらわなければならない。これが少し面倒だ。

 ジェイスはとある空き家の扉を開けないようにするよう頼んだ後、公園のベンチで休憩しながら伸びをした。

「……さて、この辺りはこれで終わりかな?」

「一体幾つあるんですかね、無理矢理開いた扉は」

 ドリンクショップで買った柑橘のジュースを飲みながら、唯文は肩を竦める。彼の隣には同じジュースを口にする天也がいて、何とも言えない複雑そうな顔で聞いていた。

「幾つあるかは定かではないな。どちらの世界にも、出来る限り影響がなければ良いけれど」

 そろそろ行こうか。ジェイスがそう言ってベンチから立ち上がった直後、ユーギが「あっ」と何もない空間を指差した。

 ユーギの言う通り、彼らの目の前が揺らいだ。現れた銀髪の青年に、ジェイスは驚き声を掛ける。

「……レオラ」

 この世界の創造主である神は、苦い顔をしてそこに立っていた。

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