第731話 向こうからやって来る

 開いていた扉越しに、偶然再会したリンたちと美里。互いの情報交換をするために、向かい合って立っていた。

「天也は何処にいる?」

 最初に美里の口から出た問は、当然のように天也のことだった。聞けば、ここ数日全く姿を見せないと言う。

(素っ気ない言い方をするけど、美里なりに心配なんだろうな)

 こんなことを口にすれば、扉の前から去ってしまうかもしれない。だから口をつぐんでいたが、晶穂が微妙にニヤニヤを抑え切れていないのはリンにもユキにもバレていた。

 しかしリンはあえてそれには触れず、端的に美里の問に対する答えだけを口にする。

「扉をこじ開けた奴らのせいで、今はソディールにいる」

「こじ開けた……。もしかして、あの意味不明なイベントの主催者?」

「そういうことだ」

 リンが頷いて見せると、美里は指先を顎にあてて考える仕草をする。長く伸びた薄茶色の髪が風に遊ばれ、柔らかく揺れた。

「あのイベント、確かに開催されたと聞いたよ。店の客の中には参加した子どももいて、何処にも繋がらなかったと残念がっていたから失敗したものだと思っていたけれど」

「だったら、何でこんなところに? わざわざ扉に前に立ち止まっていたってことは、幾つか見付けているんだろう?」

 ユキが尋ねると、美里は「まあね」と頷く。

「気にはなっていたんだ。妙なイベントだなって。今朝になって、ソイルが昨晩そっち側の景色が見える扉を見たと言っていて、調査してくれと頼まれたんだよ」

「ソイルさん、扉が開いているのを見付けていたんだね。その後、美里は扉を見付けたの?」

「ここと、数本道を挟んだところに一つかな。後店の近くと公民館で幾つか。見付けた扉は一応石とかで閉じて開かないようにして、日に一度か二度は見回るようにはしている。そっちからこっちに誰か来てもいけないしね。……人が通るのかっていう疑問はあったけど、天也がそっちに行っているのなら、余計に気を付けて見張っていないといけないということか」

 だから、と美里は口元を緩ませる。

「こちらのことは、私とソイルが見張っておく。……まあ、お前たちのために何か出来るわけではないけど。こちらはこちらで対応を考えておく」

「助かるよ、美里。何だかんだ、天也のことも心配しているんだな。伝えておこう」

「……は!?」

 リンの言葉に、美里は異常な程反応を示す。見れば、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。

「そ、そんなんじゃない!」

 何処が「そんなんじゃない」のか、言い訳が出来ないくらいに耳まで赤くして、美里はそっぽを向いた。リンたちを睨みつける目は必死に見える。

「兎に角、そちらは任せた。またタイミングが合えば、こうやって情報を交換しよう」

 さっさと話題を切り上げたかったであろう美里が、スッパリと終わらせる。タイミングが合えばという圧倒的に低い確率ではあるが、リンたちにとってはか細い糸であっても味方がいることは心強い。

 立ち去ろうとする美里に、リンは「わかった」と首肯した。

「美里も十分に気を付けて。こちらとそちらを何度も行き来出来るのかはわからないから、俺たちも迂闊に動けないんだけどな」

「気を付けるのはそちらだろう。それに……向こうから来たようだぞ」

「は?」

 息をつきながら、美里が立ち止まって何処かを指差す。それが自分たちの後ろだと察した時、カッという鋭い音がリンの耳元で鳴り響いた。

「……残念、外したか」

 リンが振り向き通り過ぎたものの正体を確かめようと振り向くと、後ろの壁に何かが突き刺さった跡が見えた。ただし跡だけであって、正体はわからない。

 眉をひそめたリンは、自分の服の袖をユキが引いているのに気付いた。

「ユキ?」

「兄さん、あいつだ」

 ユキが指差し、晶穂が見つめる先に、一人の青年が立っている。彼はリンたちの注目を浴びていることに気付くと、ニッと笑った。

「すぐに追いかけて来るかと思ったけれど、意外とのんびりしているんだな。こちらとしては、ゆっくり着実にこの世界を私たちのものに出来るけれど」

「……玲遠」

 名を呼ばれ、玲遠は満足げに頷いた。

「そうだよ、銀の華のリンとやら。きみは、日本の大学に通っていたらしいな。そのまま地球を征服しようとは思わなかったのか?」

「俺の目的は学ぶことであって、征服ではないから。それよりも、何故俺が日本にいたことを知っている? 痕跡は全て消されたはずだ」

 いつでも動けるように、リンたちは戦闘態勢を取る。更に逃げ道の選定も何となくしながら、リンは時間を稼ぐためと純粋な疑問から話を続けた。

 玲遠は特に嫌がることもなく、実はねと応じる。

「君たちと戦うにあたって、情報収集をしているんだ。この町の人たちは、銀の華のことをよく知っているな。一聞けば、十以上の情報を流してくれたぞ」

「それが町の人の良いところでもある。俺たちは彼らに助けられて、自警団として活動出来ているから」

「……良いやつだなぁ、きみは」

 くっくっと笑い、玲遠はちらりとリンたちの背後へと視線を投げた。そちらにある扉の向こうには、険しい表情をした美里が様子を窺っている。

「そっちの君も、参戦するかい?」

「今は止めておこう。いずれ、機会があれば」

「残念だな」

 話は終わりだよ。玲遠はそう言うと、リンに向かって人差し指を向けた。

「一矢報いておこう。この先、私たちに歯向かう気力を削ぐために」

「……それはどうかな」

 リンはユキと晶穂に距離を取るよう促し、完全な戦闘態勢を整えた。

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