第730話 扉越しの再会

 いつもより少し早い朝食を終えて、リンは情報収集のために各地へ散っている遠方調査員に向けた電報を書いていた。電報とはいえ郵便ではなく、そういう気持ちでメールを書いているということと同義だ。

 玲遠たちが何処にいるのか、何処かに目的地があるのかわからない今、一つでも多くの情報を得る必要がある。

「……さて、次は」

「扉を見に行くの、兄さん?」

「ユキか。びっくりした」

 おもむろに戸を開けると、廊下で待ち構えていたらしいユキが仁王立ちしていた。目を瞬かせる兄を見上げ、ユキはニッと笑う。

「ぼくも行く。アラストだけで良いの?」

「ありがとう。まずは、っていう感じだけどな。玲遠たちにはあれ以上の仲間はいないようだから、向こうからこちらに来てしまう事故さえ防げればまずは良いと思う」

「そうだね。もしかしたら、玲遠たちもこちら側に来ちゃう人を待っているかもしれないし。巻き込まれる人は少ない方が良いもんね」

 リンとユキに加え、ジェイスたちいつものメンバーが警備に加わった。いつ何処で戦闘に巻き込まれても良いように、決して一人では行動しないことを取り決めてアラストの町へと繰り出す。

「扉の鍵、一体幾つ開いてしまっているんだろう? 玲遠の口ぶりだと、結構な数の人がイベントに参加していたみたいだし……」

「こちらは鍵を持たないから、完全に閉じることは出来ない。だけど、形だけは閉じて重石で置いておけば間違いは防げるんじゃないか?」

 アラストの商店街の一角を歩くのは、リンと晶穂、そしてユキだ。

 ジェイスとユーギ、唯文と天也が別の場所を、克臣と春直、ジスターのチームがまた別の場所を調査している。

「おお、団長」

「おはようございます。どうかしましたか?」

 商店街を見回っていると、八百屋の店主がリンに声をかけてきた。そちらに赴くと、ちょいちょいと店の奥を指差される。

「あれ、見てくれないか? 昨日突然現れたんだ」

「あれ?」

 言われるがままに覗き込めば、従業員通用口と思われる戸が一つある。それ自体は何の変哲もないが、店主に「開けてみろ」と言われて何となく察した。

「……やっぱり、そうか」

「やっぱりって、覚えがあるのか?」

 扉の向こうは、ソディールではない町並みが広がっていた。幸いそこには誰もいないが、繋がったままであることが問題だ。

「覚えというか、何故こうなっているのかはわかりません。ただ、そのきっかけを知っています」

 リンはかなりの部分をぼやかし、八百屋の店主に伝えられることだけを伝えた。かなりわけのわからない話だったはずだが、店主は「まあ、お前たちが関わってるんだもんな」と笑う。

「それで? オレはこれをどうしておいたら良い?」

「本来ここから行けた場所には、別のところからも行けますか?」

「行けるぞ。ここは一番近いってだけだ」

 店主によれば、店の裏からも入ることが出来るという。ならば、とリンは彼に頼んだ。

「しばらく、この扉は封鎖して下さい。その店の裏にある扉から出入りしてもらえたら」

「わかった。そうだ、他にもこういうことになってる店とか家があるらしい。それらも封鎖するよう頼んでおこうか?」

「助かります。あと、合わせて幾つの建物で被害が出ているか、まとめて教えてもらえませんか?」

「了解。少し時間をもらうぞ?」

「構いません」

 リンが言うと、店主は「よしきた!」と白い歯を見せて笑った。彼に商店街のことは任せ、リンたちは移動することにする。

「それにしても、あの店だけではないんだね」

「らしいな。間違ってこっちに来てしまった人とかいないと良いんだが……」

 商店街を離れ、港の方へと足を向ける。こちらは店舗などはないが、船が何隻も停泊している。それらの船にも扉は備え付けられているため、万が一を考えたのだ。

 歩きながらも、会話の内容は玲遠たちに関することになる。ユキの不安に頷いたリンは、晶穂の「万が一だけど」という前置きに首を傾げた。

「晶穂?」

「……こっちの人があっちに行ってるパターンっていうのもあり得るよね?」

「嫌なパターンだな。保護してくれる人なんて……いるか」

 リンの頭に浮かんだのは、美里とソイルだ。彼らならば、日本に行ってしまったソディールの人を世話してくれるかもしれない。

「確か、天也がこっちに来る前に美里たちに会っていたって言っていたよね」

「なら、警戒くらいはしてくれているだろうな。……彼女らと情報交換が出来れば一番いいと思うんだけど。まあ、そんなうまく運ぶわけが」

 ない。リンがそう言い切ろうとした矢先、ふと目に入った扉は半分ほど開いていた。しかも見えた景色は室内などではなく、住宅地のそれだ。それだけならば、またここも繋がったのかと嘆息しながら煉瓦などで開かないように閉じただろう。

「……嘘」

「それはこちらのセリフだよ、晶穂」

 思わず息を呑んだ晶穂とは反対に、向こう側の人物は息を吐く。真っ直ぐにリンたちを見つめているのは、日本にいるはずの美里だった。

「天也に訊いていた通りというか、もしかしたらが現実になったようだな」

「美里、少しだけ話せないかな?」

 情報を共有したい。晶穂が進み出ると、美里は呆れを顔に貼りつけながらも立ち止まった。

「良いよ。こちらとしても、今何がどうなっているのか知りたい。……天也は何処にいる?」

 美里は扉の枠に肩を預け、ソディールを見つめた。

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