第729話 一晩のそれぞれ
ソディールに来てしまったその日の夜、天也は唯文の部屋に泊まることになった。文里らは突然の客人を快く受け入れ、今は天也と唯文の二人でそれぞれの布団に転がっている。
「なんか、凄く疲れた……」
「そうだろうな。まさか、この時期に天也に会えるだなんて思わなかったよ」
「それは俺も。会えるのは、五月になってからだって思ってたのにな」
ごろんと寝返りを打ち、天也は唯文と顔を見合わせる。思いがけない再会は、喜びであると同時に戸惑いでもあった。
「……俺が玲遠たちを止められていたら、唯文たちにもこうやって迷惑をかけることはなかったのにな」
「そんなこと、気にするなよ。あれだけの力を持った連中、何を考えているかもわからないのにどうにか出来るとも思えない。少なくとも、おれには無理」
「無理って。……でも、確かにな。俺はここに来て、一緒に戦うと決めた。……なんて、かっこいいものじゃないけど」
「だな」
これから何が起こり、自分たちがどうなるかはわからない。それでも、と唯文は願う。折角再会したのだから、一緒にあの正体不明の青年たちと戦いたい。
唯文は天也の手を握って、にっと笑った。
「とりあえず、今日は寝よう。で、明日からもよろしくな」
「――ああ」
最後に会った時、二人は廊下に作られたスペースで夜中喋った。二度と会えないかもしれないという状況だったから、語り明かしたのだ。
しかし、今は明日に備えて眠らなくては。二人は「おやすみ」を言い合って、そっと目を閉じた。
同じ頃、リンは部屋から寒々しい夜空を見上げている。照明を最低限にした部屋は、月の光を浴びて青白い。
「あともう少し……いや、そろそろ寝るか」
机の上には、昼間に片付けた仕事の書類が数冊乗っている。リンはこれらがあると何となく休めない気がして、寝る時には別の部屋に持って行くか布をかけて隠してしまう。今夜は執務室にしている部屋に置きに行くことにした。
時計を見れば、もう深夜だ。他のメンバーを起こさないよう、そっと荷物を持って廊下に出る。冷えた空気が足元から湧き上がり、まだ冬なのだと実感した。
「……よし」
戻るかと廊下に出たリンは、ふと見た窓の外に人影を見て目を見張った。そして、近くの戸を開けて外へ出る。
「……何してるんですか、こんな時間に?」
「ああ、リン。ちょっと思うところがあってね」
中庭で一人立ち回りをしていたのは、細身の剣を扱うジェイスだった。薄く汗をかいたジェイスは、リンを見ると落ちて来ていた前髪をかき上げる。
「リンこそ、こんな時間にどうしたんだい? この時間なら、誰も起きていないと思ったのに」
「寝ているつもりだったんですけど、書類を部屋から移動させたくて」
「ああ、なるほどね。その気持ちはわかる」
よく私もやるよ。そう笑って、ジェイスはふと真面目な顔をした。
「……リン、今回の敵についてはどう思う?」
「そうですね……。正直、よくわかりません。彼らが異世界征服をただもくろんでいるだけなのか、背後に大きな何かがあるのか」
「そうだね。今まで、まあまあ大きな組織を相手にすることの方が多かったから、こちらもある意味やりやすくはあったんだけれど」
「根元を叩くっていう目的がありましたからね。前回、種を探していた時はまた勝手が違いましたけど」
「あれは特殊だろうね。それに……もう二度と、仲間の命をかけることはしたくないものだよ」
遠い目をして何処かを眺めるジェイスの横顔を眺めて、リンは小さな声で同意した。自分の選択が誰かを悲しませることもあると、今ならばわかる。
「俺も、です。もう、大事な人たちを悲しませたくない」
「……しおらし過ぎだ。こっちの調子が狂ってしまうよ」
「わっ」
ぐりぐりと頭を撫でられ、リンは「ちょっと」と文句を言う。しかしジェイスはそれくらいではやめてくれず、結局リンの髪はぼさぼさにされてしまった。
手櫛で整えていると、ジェイスが軽く剣を振るう。
「目が覚めてしまったんだ。一戦、手合わせ願えないかな?」
「良いですよ。俺も、一度くらい勝ちたいですから」
鍛錬を含め、リンがジェイスから一本取ったことはない。ジェイスが一切手抜きをしないことが一番の理由だが、リンはいつかいつかと歯がゆく思っていた。
ある程度互いの距離を取り、向かい合う。
「……」
「……。いつでもおいで、リン」
「わかりました」
夜風が木の葉を揺らした。ざあっという音が響き渡り、一枚の葉が舞う。それが合図かのように、リンは思い切り地面を蹴った。
――ダンッ。
土が舞い、月を背にしたリンの姿が浮かび上がる。鮮やかな赤い瞳がジェイスを捉え、銀色の剣が思い切り振るわれた。
ガキンッという金属音と共に、火花が散る。一度では終わらず、二度、三度、四度と音が重なり続いて行く。その間、リンとジェイスは互いに目を逸らさず、刃を交え相手の隙を探す。
何度も何度も響く金属音と呼吸に、丁度眠りの浅かった晶穂が目を覚ました。時計を見れば、朝方五時。もう少しだけ惰眠をむさぼることも出来たが、晶穂は何となく気になって中庭の方へと足を向けた。
「……克臣さん?」
「おはよ、晶穂。まだ寝ていても良いんじゃないか?」
廊下に置かれたソファに腰掛けていたのは、寝間着姿の克臣だ。新聞を片手に微笑む彼に、晶穂は「そうなんですけど」と肩を竦めてみせる。
「何となく、気になってしまって」
「わかるわ、俺も。……ああやってやっているのを見ると、俺もやらないとって思うんだよね」
克臣の視線の先には、汗だくになって鍛錬を続けるリンとジェイスの姿がある。どうやら彼も、二人が気になってしまったらしい。
「……早いですけど、ご飯にしませんか? ユキたちも起きているみたいですし、昨日の今日ではあまり眠れなかったかもしれません」
「そうだな。俺も手伝うよ」
「ありがとうございます」
晶穂と克臣が朝食の支度をしていると、仲間たちが順にやって来る。それぞれに手伝いを頼みながら、パンを焼いてサラダを作る。スープを温め、やがて皆が揃った。
「いただきます」
全員で声を合わせ、挨拶をする。今日からはそこに、天也も加わった。
また新たな戦いが始まる。何が起こるかはわからないけれど、せめてご飯は楽しく食べたいと晶穂は思った。
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