思わぬ再会を経て
第728話 我儘を言わせて
リンが唯文とユーギ、そして天也と共にリドアスに戻ると、既に克臣が晶穂と共に待っていた。晶穂はリンたちの姿を見付けると、ホッとした顔で微笑んだ。
「四人共、おかえりなさい。天也くん、大丈夫?」
「晶穂さん。……うわ、本当に来ちゃったんだ」
「天也くん……」
まだちょっとだけ夢だと思っていた。頭を抱える天也の肩に、唯文が自分の手を置く。
「来たのはもうどうしようもないだろ? こんな時だけど、おれはまた会えて嬉しいし」
「それは俺も。……あっちじゃ、お前たちのことを話せるのは美里さんたちしかいないからな」
天也は、昨日も彼女らの営む喫茶店に行ったばかりだと言う。美里たちも元気だと聞いて、晶穂はホッとする。
そこへ、玄関からガタガタ音がした。ただいまという声が複数聞こえ、すぐにジェイスとユキ、春直が姿を見せる。
「ぼくらが最後ですか?」
「そのようだね。やあ、天也」
「本当だ! 久しぶり、天也」
「久しぶり、ですね。うわぁ……どうしよ」
ようやくソディールに来たという実感が沸いた天也が、テーブルに突っ伏した。
「俺があそこにいたから、扉が繋がった……? あいつ、玲遠は俺のことを『キー』だと呼んでいた」
「それについて、考察はあるんだ」
リンは席を移動して、天也の目の前に座った。
そこへ丁度、人数分の紅茶を入れた晶穂がカップを置く。ほかほかと湯気をたてる紅茶からは、花のような香りがした。
「ありがとう」
リンに礼を言われ、晶穂は「どういたしまして」と柔らかく微笑む。皆に一つずつ置いていくが、天也の前でお盆をテーブルに置いた。
「……あ、天也くん」
「はい?」
顔を上げた天也が首を傾げると、晶穂はそっと膝を折った。
「膝怪我してる。キッチンで洗おっか」
「そういえば、忘れてた」
確か、玲遠に突き飛ばされた時に膝を怪我したのだ。洗いもせずにそのままにしていたことに初めて気付き、気付けば痛みが襲って来る。
「痛っ」
「――そこ動くなよ?」
「え?」
聞き覚えのない声に、天也はびくりと固まった。すると、彼の膝を目掛けて細い水流へが流れて来る。あっという間に傷口が綺麗に洗われ、水流は青年の元へと戻っていった。
「貴方は……」
食堂の入口に立つ青年は、天也が知らない人だ。目を丸くする天也に、唯文が正体を教えてやる。
「そっか、天也は初めましてだよな。あの人はジスターさん。最近銀の華に加入したんだ」
「ジスター・ベシア。宜しく、天也」
「はい。あ、傷口洗ってもらってありがとうございます」
ぺこっと頭を下げた天也に、ジスターは「ああ」と素っ気ない返答をする。しかしその表情は優しく、天也は「この人も銀の華らしい人だな」と思った。
余分な水分が残っていないことを確かめ、晶穂は「よし」と立ち上がった。
「じゃあ、絆創膏持って来るね」
「あ、ありがとうございます」
晶穂が絆創膏を持って来ている間に、リンは話を進めることにした。
「さっきの話だけど、玲遠は天也のことを『キー』と呼んでいたよな」
「はい。それが不思議で……キーはそのまま鍵のことなんだと思ったんですけど」
「俺もそう思う。というか、俺たちはそう考えているんだ」
何よりの証拠は、天也が扉を通ったことで少なくとも三つの扉の行き来が可能になったこと。原因はわからないが、天也が鍵として機能したことは間違いない。
リンの言葉に、天也は頷く。どうしてという疑問は尽きないが、今はそれを言っても仕方がない。
「玲遠たちは、ソディールに来るという目的の一つを達成しました。だからもう、俺たちにはかかわって来ないでしょうか……?」
「残念だけど、そうはならないだろうね」
天也の問に答えたのは、斜め前の席で紅茶を飲んでいたジェイスだ。彼はカップを置くと、玲遠たちとの会話を反芻しながら話し始めた。
「彼らは、私たちをこの世界で倒すべき敵と認識しているようだ。わたしたちとてこのソディールの覇権を持っているわけではないから、倒したところで支配を約束されるわけじゃない」
「ま、今のところはこの世界ではかなり恐れられてるけどな。銀の華の名は、一朝一夕に作り上げたものじゃない」
「克臣はちょっと自意識過剰な気もするけど、それは横に置いておこうか」
物を横に置くジェスチャーをして、ジェイスは話を戻す。
「勿論、わたしたちは玲遠たちが手を出してくるのであれば、全力で応戦する。仲間を傷付けるというのなら、全力で阻止する。そうだろう、リン」
「はい。だから、正直ここにいたら天也を巻き込む可能性が高い。だから彼らが日本に帰るまで、神庭に避難しておいてもらうのもありかと思ったんだが、どうかな?」
「え……」
ぽかんとした天也の膝に、戻って来た晶穂が絆創膏を貼る。
「えっと、大丈夫? 天也くん」
「あ、はい。避難、か」
考えていなかったな。天也は呟き、そっと晶穂が貼ってくれた絆創膏を撫でる。名前の知らない花のイラストが描かれたそれに、何故か問いかけられている気がした。
「ま、そこは天也の意思を尊重する。甘音たちを知らないわけではないだろ? 世界の危機というか、タイミングが早過ぎた。少なくとも脅威が去るまでなら、避難させてくれるはずだ」
「もう一つの選択肢は、俺たちと行動を共にすること。常に危険と隣り合わせかもしれないが、全力で天也を守ろう」
「そこは『絶対』じゃないの、兄さん?」
「相手の力量を把握し切れていないんだ。軽率なことは言えないよ」
それでも、リンの『全力』には絶対に匹敵する力がある気がした。
(神庭に行けば、唯文たちにかける迷惑は最小限だ。だけど……)
何も出来ないかもしれない。足手まといにしかならないかもしれない。それでも、天也は我儘を言いたかった。
「――俺も。俺も連れていって下さい。何も出来ないかもしれないけど、俺がこっちに来たことで何かが変わったのなら、それを見届けたい」
「わかった。宜しく、天也」
「やったぁ! 宜しくな、天也」
「うおっ」
後ろから飛びついて来た唯文のせいでバランスを崩し、天也は前に突っ伏した。
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