第727話 祖父の願い

 時は少し巻き戻る。

 デニアの攻略方法が見えない中、ジェイスはユキと春直の体力温存のためにと自ら率先して前に出ていた。攻撃の手を全てさらすわけにはいかないため、比較的単調な攻撃になりやすい。

 それをどう思ったのか、デニアは余裕綽々の顔で土の拳を地面に叩きつけた。

「弱過ぎんだよ! それで自警団? 笑わせるな」

「わたしたちのような弱小でも守れる、ということだ。さっさと元の世界へ帰れ」

「弱くて魅力がないだろうってか? その手には乗らねえぜ」

 そう言って白い歯を見せると、デニアの土の拳が真上からジェイスを襲う。

 ジェイスはそれを退いて躱し、使い慣れたナイフを五本飛ばして拳を崩した。破片が散ったが、ユキが吹雪で吹き飛ばす。

「春直、ユキ。怪我は?」

「かすり傷です」

「ぼくも!」

「わかった」

 端的な状態確認を終え、ジェイスはさてとデニアを見据える。土の魔力を持つ者と戦った経験は数える程しかなく、彼はそれには当てはまらない気がした。

「デニアといったな」

「そうだが?」

「ソディールが本当の故郷だと言っていたけれど、それはどういう意味かな?」

 ジェイスとしては、少しでも時間を稼いで考える時間を確保したい。そしてユキと春直はかすり傷だと言ったが、ところどころ血が滲んでいた。あれは、かすり傷とは言わない。早くこの場を収めて、二人を休ませたかった。

 その思惑を知ってか知らずか、デニアはすらすらと答えてくれる。

「言葉が足りなかったか? オレのじいさんはこっちの生まれでな、ばあさんを追って地球に住むことを選んだ。隔世遺伝で魔力を継承したオレは、じいさんからソディールっていう世界について聞いたんだよ」

「おじいさんが、か。……孫がこういう形で里帰りするって、おじいさんはご存知なのかな」

「じいさんは知らない。数年前に亡くなったからな。……じいさんの最後の願いが、ソディールの土を踏むことだった。だから、オレがじいさんの代わりに叶えてやるってな! いっくぜ!」

 気合と共に、デニアが地面を叩き割る。空手の瓦割りの要領で、地面に小さなヒビが入った。それが見る間に伸びて広がり、その先にいた春直に襲い掛かる。春直は操血術で生み出した糸を伸ばし、近くの木にくくりつけて逃げた。

「あっぶな」

「すばしこいな、お前。ちっこいくせに」

「ちっこいくせには余計だ!」

 顔をしかめ、春直は更に伸ばした操血術をデニアに向かって放つ。それは彼の腕に巻き付き、強く引くとバランスを崩させた。

「うおっ!?」

「春直、よくやった!」

 ジェイスはデニアが立て直す隙を与えず、目の前を狙ってナイフを投げた。更に躱して体勢を立て直そうとしたデニアに、ユキが無言で氷柱を放つ。

「うおっ!?」

 デニアの足元が凍りつき、動きを止める。冴え冴えとした目で彼を射抜いたユキは、魔力を強めて更に氷を増やしていく。

「……ジェイスさん、全身凍らせても良い?」

「それで止まるとは思えないから、良いよ」

「……良いんですね」

 時折、ジェイスもユキも冷徹になる。それは大抵仲間が傷付けられた時で、感情に流されたわけではない。リンがそういうことをしないため、かって出ている節はあるが。

 春直はぼそっと突っ込んだが、あえて止めない。デニアを一瞬でも止めるためだ。

「――っ」

 ユキは銀の華の中で、ジェイスと晶穂に続いて魔力量が多い。全力を出すことは滅多にないが、デニアの能力限界がわからない以上、下手なことは出来なかった。

 デニアは足を動かせないことで自由が利かず、ユキの思惑通りに凍ってしまう。そう思われた。

「――って、そうはならないよな」

「だよね」

 嘆息するユキと苦笑いする春直の前で、デニアは試合前のプロレスラーのように大音声を響かせながら氷を弾き返した。

「ウオオオォォォォォォッ」

「跳ね返し方がえげつな!」

「これくらいのこと、オレからすれば当然だ」

 足元の氷も蹴り飛ばし、デニアは仁王立ちして高笑いした。よく笑う男である。

 そんなデニアを、春直は操血術を使って拘束を試みた。血の色をした綱を創り出し、片方をデニアの右足に向かって投げる。

「おっ!?」

 運よく絡みつき、デニアの足を引っ張る。春直は力負けしそうになりながらも、歯を食いしばった。

「春直!」

「ユキぃぃ」

 苦し紛れの春直を後ろから支えたユキは、デニアの怪力に目をむいた。少年二人がかりで勝つことが出来るとは考えていなかったが、これでも力いっぱいだ。

(何だこれ!?)

 ただの力だけではない。魔力の大きさにも恐れを感じ、ユキはわずかに顔色を変えた。

「ユキ、これは……」

「うん。ぼくも思ってる」

「子どもには、まだまだ負けんよ!」

「――ここに、わたしがいることも忘れるなよ」

 ぼそりと呟いたジェイスは、デニアの背後に控えていた。気配を消していたジェイスの長い脚がデニアの横腹にヒットし、吹き飛ばす。

 しかし簡単には倒れず、スピードを殺して地を蹴りジェイスにカウンターを仕掛けた。当然ジェイスはそれをクロスさせた腕でガードし、隙を作って右足を思いっきり蹴り上げる。

「おっと」

「残念、躱されたか」

 短く手の少ない戦闘にもかかわらず、二人は互いの力量が想像よりも上であることを察した。彼らは距離を取り、いつでも相手の懐に入れるようにと体勢を立て直す。

 そしてデニアはもう一度ジェイスに接近しようかとたたらを踏み、一転して退いた。

「一旦退かせてもらおう。仲間と合流したいからな」

「許すとでも? 合流は元の世界でやってくれ」

「お前の許しなどなくとも、勝手にやるさ」

 デニアは軽く嗤うと、地面から二メートルはあろうかという巨大な腕を創り出す。その拳をジェイスたちの前の地面に叩きつけ、大きな土煙を浴びせかけた。

「ぐっ……。ごほっ」

「こほっ、こほっ」

「こう来たか……」

 咳込むジェイスたちの視界が開けた頃には、デニアの姿はなかった。土煙に乗じて逃げたのだろう。

「この世界に土地勘などないだろうが……。一旦、リンたちと合流しよう。こちらも作戦会議が必要だな」

「ですね」

「うん。兄さんたちのことも心配だもん」

 春直とユキの怪我も深いものではなく、ジェイスは胸を撫で下ろした。その時、ジェイスの携帯端末が震える。

「……克臣?」

 何かあったのだろうか。ジェイスは急いで通話を始めた。

「克臣、どうし……ああ、そうだな。うん……わかった」

「ジェイスさん?」

 通話を切ると、春直とユキがジェイスの顔を覗き込んで来た。どうしたのかと問われ、ジェイスは「噂をすればだね」と笑う。

 克臣から、集合の連絡だ。あちらも色々あったらしい。

 ジェイスの答えを聞き、少年二人は頷く。

「なら、早く行かないと」

「行きましょう、ジェイスさん」

「そうだね」

 三人は開いてしまった扉を閉じ、その場を離れた。

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