第726話 キー
「ようやく見付けたよ、橙」
「玲遠!」
パッと顔を明るくした橙が駆け寄ったのは、見知らぬ青年だった。橙の言葉を聞く限り、彼の名は「レオン」と言うらしい。
二人の様子を警戒しながら、克臣は一歩ずつ下がる。少しずつ晶穂との距離を狭めていく。
「……こいつが」
「リンたちが出会ったのは、彼なんでしょうか」
「可能性は高いな」
「リン、とはあの赤い目の?」
不意に会話に入って来たレオンは、柔和な笑みを浮かべたままで「申し遅れたな」と大げさに頭を下げた。
「私の名は玲遠。橙ともう一人、デニアの力を借りてこちらとあちらの道を開かせてもらった」
「アタシたちが世界の覇者になる、だから当然だよね! 異世界転移者は、異世界を蹂躙するんだから」
フンッと鼻を鳴らし、橙は胸を張った。
対する玲遠は落ち着いた様子で、ただし隙のない態度で晶穂たちを見つめている。何を考えているのかわからない凪の瞳に、晶穂は寒気を覚えた。
そして、ふと気付く。彼がここにいることの意味は何だと。
「……ねぇ、リンたちはどうしたの?」
晶穂の問を耳にして、玲遠がにこりと微笑んだ。
「あの赤い目の人のことかな。彼、というか彼らはまともにぶつかったら面倒そうだったから、キーを任せて置いて来たんだ」
「キー?」
何のことだ。晶穂と克臣は首を傾げるが、ここで答えがわかるはずもない。
二人の困惑を見て取り、玲遠は橙の肩に手を置いた。
「さて、そろそろデニアとも合流しよう。最初から少し面倒な相手に会ってしまったけれど、彼らを下せば敵はいないようだ」
「随分と大口叩くじゃねぇか? それに、ここから簡単に逃がすとでも思っているのかよ」
「簡単ではない。だが、不可能じゃない」
そう言うと、玲遠は突然克臣との距離を詰めた。武器の気配を感じ、大剣を手にした克臣の前に、玲遠が手のひらサイズの小箱を差し出す。そして、空いていた手でパチンッと指を鳴らした。
指が鳴った途端に小箱が爆発して、爆風と白い煙が辺りに広がり視界を遮る。
「しまった!」
「――けほっ」
視界を遮られ、更にまともに立っていることも困難な暴風にさらされる。晶穂と克臣は動くに動けず、気付けば玲遠と橙の姿は消えてしまっていた。
風が止み煙が消えて、克臣は眉間にしわを寄せて吐き捨てる。
「くそ、やられた。こんな古典的な方法で逃げられるなんてな」
「古典的、でもないですよ。とても大きな魔力の波動を感じましたから、かなり強い魔力の使い手があの一行にはいるようです」
「そういうことか」
苦虫を噛み潰したような顔をして、克臣は周囲を見回す。しかし玲遠たちの姿はないとわかると、さっさとポケットから携帯端末を取り出した。
「ジェイスとリンと連絡を取ろう。さっきのやつの口ぶり的にリンの方は大丈夫だろうが、ジェイスたちが心配だ」
「わかりました。わたしがリンと連絡を取ります」
「頼む」
晶穂は頷き、取り出した携帯端末からリンへの通話ボタンを押す。発信音の後、リンの声ではない誰かが通話口に出た。
『はい』
「もしもし、晶穂です。その声……」
『晶穂さん! ユーギだよ。よかった、無事だったんだね』
「ユーギ! うん、わたしと克臣さんは無事。そっちはユーギとリンと……唯文?」
リンと一緒にいたのは、その二人だったはずだ。晶穂が思い出しながら言うと、ユーギは返事をした後、一瞬言葉に詰まった。
『そう。あと……天也も』
「天也くんって……あの?」
『そう、あの』
ユーギの話では、扉が開いた先にいたらしい。そして玲遠に押されてこちら側に来てしまい、それがきっかけとなって開いた扉を通って玲遠たちがやって来たのだとか。
『玲遠ってやつ、天也のことを『キー』って呼んでいたんだ』
「『キー』って、天也くんのことだったの!?」
素っ頓狂な声を上げた晶穂は、隣で通話していた克臣を驚かせてしまった。目で「どうした」と問われ、『キー』の正体がわかったと答える。
「その話を含めて、全員集まろう。……ジェイスもいいな?」
『ああ』
ジェイスも無事らしく、声が聞こえた。晶穂は頷いて、同じ内容をユーギに伝える。集合場所は、何処で玲遠たちが聞いているかわからないためにリドアスだ。
『わかった。ぼくらも向かうよ』
「また後でね」
晶穂が通話を切ると、丁度克臣も端末を仕舞うところだった。
「で、『キー』って何なんだ?」
「その意味自体はまだわかりません。ただ、ユーギによると、天也がそう呼ばれていたと」
晶穂の言葉を聞き、克臣は目を丸くした。そして、ふむと腕を組む。
「天也がこっちに来てるのか。……何となくだが、『キー』の意味合いがわかった気がする」
「本当ですか?」
身を乗り出した晶穂に、克臣は「何となくだけどな」と答えを濁す。
「多分、リンやジェイスも同じようなことを考えていると思うが……。まだ会うつもりはなかったんだが、なんだかんだと縁があるらしい」
「……こういう形でなければ、もっと喜べたんですけどね」
兎に角、一度リドアスに戻らなければならない。晶穂と克臣は開いていた扉を閉じ、開かないように幾つか
「行こう」
「はい」
二人がその場を去った頃、別の場所で玲遠と橙はデニアと再会を果たしていた。そこは、とある町角。様々な人が行き交う中、大男と華奢な青年と少女という組み合わせは珍しいが、誰も気に留めない。
「デニア、お疲れ様でした」
「おつー」
「二人共無事にこっちに来れたな。つまり、キーが作用したっていうことだ」
デニアの言葉に、玲遠は「はい」と肯定する。
「思いの外、簡単でした。……これは、計画の第一段階。次へ移りましょう」
玲遠を先頭に、三人はその町から姿を消した。
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