第724話 炎の少女
時は少し、リンたちが出かける直線に遡る。
年少組が見付けた鍵穴とレオラの忠告と依頼を合わせて考えた結果、このソディールに新たな脅威が迫っている可能性が浮上した。
「俺たちはユキたちが見付けた鍵穴を調べてきます。何かわかり次第すぐに連絡するので、克臣さんはそちらをお願いします」
「わかった。こっちも何かあれば連絡する、無茶はするなよ、お前ら」
そう言ってリンたちを見送ったのは、一時間前。克臣は三十分程前に到着したサディアからの報告書を読みながら、食堂でコーヒーを飲んでいる。少し癖のあるサディアの字だが、読み慣れれば気にならない。
「……謎の鍵穴が複数見つかっている、か」
気になる記述だ。サディアたちもそう思ったのか、何人かを調査に派遣したらしい。すると所在はソディリスラ全域に広がっており、住人の中には怖がっている者もいるという。
「これは、深刻になる前にどうにかしないとな」
「何が深刻なんですか?」
難しい顔をしていた克臣におかわりのコーヒーを勧めに来た晶穂は、彼の言葉を気にしてそう尋ねる。
「おお、さんきゅーな」
「いいえ」
おかわりを受け取った克臣は、晶穂にサディアの報告書を差し出した。読んでみろと促され、晶穂もその冊子に目を通す。
「鍵穴……。これって、レオラが言っていたという?」
「だろうな。何者かの意思で、こちらの世界に影響が出ているらしい」
「次に扉が開くのは五月ですが……、それを知っているのは神々とわたしたちだけですからね」
地球に生きる鍵穴を創り出した何者かが知るわけもない。とはいえ、と克臣は苦笑いする。
「教えられたとしても、教えないけどな。無理矢理にでもこじ開けようっていう奴が、善意だとは思えない」
「それもそうですね」
憮然とした晶穂にコーヒーの礼を言い、味わい飲み干した克臣は席を立った。
「行かれるんですか?」
「ああ。リンに軽く電話して、それから俺も合流しようと思う」
嫌な予感がするんだ。眉を寄せる克臣に、晶穂は即決した。
「わたしも行きます! 何が出来るかはわかりませんけど……調査に同行させで下さい」
「俺に断る理由はないよ」
「ありがとうございます」
支度をしてくると言う晶穂と別れ、克臣は携帯端末の電源を入れた。通話をタップし、リンへと繋ぐ。
『はい』
「おお、リン」
『どうしたんですか? 確か、サディアさんたちの報告を待っていたんじゃ……』
「報告書は届いた。そこに、気になる文面があってな。まずはお前に知らせておこうと思って電話してる」
雑踏の音が聞こえることから推測するに、リンたちは公道にいるのだろう。歩いているのなら、話は手短かにすべきか。克臣はサディアの報告書の中身をかいつまんで報告し、電話を切った。
「お待たせしました」
「おう、行こうか」
そして今、偶然見付けた鍵穴に向こう側から鍵が差し込まれた。幸い周囲に人はおらず、克臣と晶穂は固唾を呑んで見守る。
――ガチャリ。
「……えっ」
「部屋の中じゃないの? っていうか……」
「誰?」
扉が開いた向こう側にいたのは、若い女性二人とどちらかの子どもらしき幼い女の子。三人は思いがけない扉の向こうの景色に面食らっているが、それは扉のこちら側も同じこと。
「『誰?』はこっちも聞きたいよな」
「ですね。扉の向こうは……日本のようですね」
「久し振りに見たな、俺たち以外の日本人」
しかし、彼女らをこちら側に引き入れるわけにはいかない。克臣に頼まれ、晶穂は戸惑っている女性たちに話しかけた。
「すみません。こちら側とそちら側は、本来繋がってはいけないんです。なのでこれを夢と思って、扉を閉め……」
「その必要はないよ」
突然、キツめの口調の女の声が聞こえた。誰かと捜せば、扉の向こう側、女性たちの前に少女が立っている。仁王立ちしたビビットピンクの髪の彼女は、思わず言葉を失う晶穂を見つめてニヤッと笑った。
「そっちの世界は、すぐにアタシたちの世界になるんだからさ!」
「何を言ってるの……?」
「こーゆーこと!」
これが答えだとばかりに、少女は突き出した指でぐるっと空中に円を描く。そしてその円に向かって拳を突き出す。
「ハッ!」
気合の声と共にビュンッと突き出す拳にあおられたように、描かれた円から炎が噴き出した。
「えっ」
「晶穂、避けろ!」
「――っ!」
間一髪で炎を躱した晶穂は、唖然としてトビラの向こうを眺めた。
「魔力……?」
「実践って初めてだけど、いけるものね」
フンッとドヤ顔した少女は、更に炎の弾を創り撃ち出してくる。それら全てを身軽に躱しながら、晶穂は少女の後ろにいる女性たちを案じた。
「あのままじゃ、巻き込まれて怪我してしまうかもしれません」
「自主的には……逃げられないか。女の子の足がすくんじまってる」
女の子は驚いた顔のまま、母親のスカートにしがみついて固まっている。その母親も、非現実的な光景に口を開けていた。
「怖がらせるだろうが……仕方ねぇ」
克臣は右手をメガホンにして、謎の少女の後ろに叫んだ。
「そこの女性二人と女の子! さっさと逃げろ、巻き込まれるぞ!」
「――っ。行こ!」
硬直していた三人は、克臣の声を聞いて頷き合う。彼に会釈して、その場に背中を向けて駆けて行った。
「あーあ。逃がしちゃったか」
「関係ない人たちを巻き込まない。特殊な力を持っているなら、尚更だ」
「善人っぽいね、アタシとは相容れないや」
少女はケラケラ笑うと、更に炎の弾を量産する。それらを順に発射し、眉をひそめた。
「あたらない! ……さっさとぶち破れよ、玲遠」
呟きが通じたのか、パリンッと何かが割れる音がした。
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