第722話 源への夢

 リンは悩んだが、無言でこちらに踏み入れられることを恐れて扉の向こうの青年に問いかけた。

「あんた、何者だ? 単なる好奇心っていうわけじゃないだろう」

「感動だな、そちらの世界の人と話せるなんて。私は何者か……この世界に飽きて、別の世界を求めている冒険者、かな」

「……つまり?」

「性急だね。モテないよ?」

 あくまで冷静に話すリンをつまらないと思ったのか、玲遠は煽るようにニヒルな表情をする。それでもリンは一切乗って来ない。

「……」

「……」

 二人の会話を聞きながら、唯文とユーギは顔を見合わせ苦笑いをした。リンがモテるモテないということに無頓着なことを二人は知っているし、今ではたった一人にモテれば良いと思っているなど、青年は知らないだろう。

 それは天也も同じで、若干白けた顔で玲遠の横顔を眺めた。

 リンが姿勢を崩さないと見るや、玲遠はため息をついて口を開く。

「私は、幼い頃から超能力というか。そういう不思議な力を持っていて、親も含めて私を恐れ近付かなかった。だから一人で生きて来たし、一人でこの力が何なのかを調べて来た」

 そんなある日、都市部の図書館で彼は一冊の本と出会う。それはただの物語ではなく、とある異世界に行って帰って来た本物の異世界転移者が書いた記録だった。

「それは、素晴らしい本だった。誰もがそれを偽書、フィクションだと言ったが、私には本物だと即座に理解出来た。……その日から、私は異世界へ渡る方法を探し始めた」

 しかし、簡単ではない。簡単ではないどころか、やはりフィクションはフィクションなのではないかという考えが頭をよぎるようになる。

「数年後、私はある人から『扉』の存在を教えられ、それを開く方法を探し……今日に行き着いたんだ」

 とつとつと自分語りを続ける青年に、リンはバッサリと言い捨てる。

「……自分の居場所がないという理由で異世界に渡ろうという考えは、共感出来ない。生まれた世界から逃げ出して異なる世界へ行ったとて、同じことに陥るだろうからな」

「私はお前に興味がない。だから、私の邪魔をするなら消えてもらう」

「――!?」

 突然、開いた扉から何かがぶつかって来て、リンはまともに吹き飛ばされた。左右にいたユーギと唯文が手を出す間もなく、リンは道の反対側にあった公園に飛ばされ、翼を広げて衝撃を和らげ止まる。

「団長!」

「何なんだ、今の……。時空を超えた?」

 リンに駆け寄るユーギと正体不明の青年を見比べ、唯文は呆然と呟く。彼の目には、扉から何か出たようには見えなかった。水でも炎でもない何かが飛び出したのだと考え、戦慄する。

「団長、大丈夫!?」

「ああ、驚いただけだ。たぶん、あれは衝撃波に近いものだな」

 翼を仕舞い、リンは冷静に分析する。

「ご明察。……そうそう、簡単に止められると思わないことだね。私は一人ではないから」

「何……?」

 その時、ユーギと唯文の持っている携帯端末がけたたましく音を鳴らした。二人は画面を見て、息を呑む。

「ジェイスさん?」

「こっちは克臣さんだ」

「スピーカーで」

 リンの指示を受け、二人はスピーカー状態にして端末を彼に向ける。リンは扉の向こうの青年の動向に気を配りつつ、二人の兄貴分に話しかけた。

「ジェイスさん、克臣さん。リンです。今、どうされていますか?」

「リンか。そちらに向かっていたんだけど、ごめん。少し行くのが遅くなりそうだ」

「ジェイスもか。俺も。リン、あいつは何者だ?」

「同じような状況っていうことですね。今、俺たちは扉の向こうの敵と対峙しています。そいつが言うには、仲間がいるそうです。お二人のところは?」

 リンの問いかけに、ジェイスと克臣は息を呑んだ。

「――成程ね」

「そういうことか」

 二人との通話を切ってもらい、リンはふっと息を吐く。ジェイスのもとにはユキと春直、克臣のもとには晶穂がいるらしい。彼らの前にいる人物がどんな者かは想像も出来ないが、今は互いの無事を願うだけだ。

「話は終わったかい?」

 欠伸交じりに、青年は問いかける。

「私は、そちらに行きたいんだ。そして、全てを手中に収める。そうすれば、私の正しさが証明出来るだろう?」

「どんな理由であれ、たった一人に世界をゆだねることなんて出来るわけがない。こちらに来させるなんて、もってのほかだ」

「……ならば、侵入させてもらおうか」

「リンさん!」

 天也が叫び、リンは青年の攻撃を躱す。扉を通り抜ける青年の攻撃は、見えないだけに躱すのが難しい。

 玲遠の攻撃に成す術がないらしいリンたちを助けようと、天也は玲遠の隙をついてその体に突進した。能力の軌道を変えるために。

「――っ、やめろ!」

「おっと」

 ひらりと天也を避け、玲遠はクスリと淡く笑った。

「飛んで火にいる夏の虫とはこのことだね」

「何を言って……うわぁっ!?」

「天也!?」

 走っていたスピードに玲遠の攻撃がうわ乗せされ、天也は自分で自分の体を止めることが出来なくなった。最早飛ばされ、天也の目の前に開いた扉が迫る。

(ぶつかるっ!?)

 目を閉じた瞬間、パリンッと何かが割れる音がした。倒れ込み、天也は「痛いっ」と悲鳴を上げる。

「大丈夫か、天也!?」

「あ、ああ。……って、唯文?」

 驚く天也と、複雑な顔をする唯文。天也が周囲を見渡すと、リンとユーギも傍にいた。

「どうして……」

「天也。お前、あいつの攻撃のせいで時空の壁を越えたんだ」

「越えた……え!?」

 確かに、先程までいたコンクリートだらけの街中ではない。天也はぽかんとしてしまったが、その間にもう一つの気配が増えた。

「ありがとう、石崎天也くん。君のお蔭で、異世界への扉を開くことが出来たよ」

「……十川玲遠」

 扉を閉めた玲遠は、天也に睨み付けられたが余裕の笑みを浮かべていた。

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