扉を開け
第720話 イベント当日
鍵開けイベント当日、その日は土曜日だった。何となく気になり、天也はイベントメイン会場となっている公民館に寄ってみる。
「……めっちゃいるじゃん」
話題にはなっていたため、ある程度の参加者がいるのだろうと考えていたが、甘かった。想像の倍以上の人数がいる。しかも、年齢性別問わず。
「あ、石崎!」
「あ、おー」
天也に手を振って来たのは、クラスメイトだった。午前十時過ぎの公民館前の公園で何をしているのか、と気軽に聞くほど仲良くはない。
しかし相手はそう思っていないのか、聞きたいことを自発的に教えてくれた。
「今日、変なイベントあるだろ? みんなで行ってみようぜってなってさ」
「へえ……」
「石崎もそう? もしそうなら、一緒に参加しようぜ」
「いや、オレは買い物頼まれてるから」
嘘だ。冷蔵庫に牛乳がないなと思った程度で、今も目的地はスーパーマーケットではないし、目的地も特にない。
しかしあの青年のことが蘇り、自分は参加してはいけないと思ったのだ。もしもしてしまったら、あちらの世界の友人たちに迷惑がかかる気がした。
天也の及び腰の態度に、クラスメイトたちは怪しいと思ったようだがすぐに「そっか」と残念そうに笑った。
「じゃあ、また月曜に!」
「ああ。楽しめよ」
楽しいただのイベントなら良いけどな。天也は心の中で呟くと、一旦その場を離れた。しかし気にはなったため、クラスメイトたちに見付からないよう離れた場所のベンチに腰掛ける。
街角に設置されたよくあるベンチの一つだ。天也は何となく座っている風を装いながら、あの青年の姿を捜した。
(いない、か)
主催者は最後に登場するのかもしれない。そんなことをつらつら考えていた天也の耳に、何処からか時報の鐘の音が聞こえて来た。十一時だ。
「――皆さん、お集まり頂き、ありがとうございます」
マイクを持った青年が公民館の中から出て来る。その見目麗しきに、女性陣が黄色い悲鳴を上げた。
「あいつは……」
校舎で会った男だ。あの時は緊張感が勝ってきちんと見ていなかったが、確かにイケメンの部類に入る。切れ長の目に、程よく整えられた黒髪、そして高身長。焦げ茶の瞳が自分を見つめるたくさんの顔を見回し、ふっと柔らかく微笑んだ。
「ようこそ、おいで下さいました。私はマジシャンの端くれ、
おおっと歓声が沸き立つ。その歓声を聞きながら、天也はじっと玲遠を見つめていた。
「それが、あいつの名前か」
マジシャンというから、名前は芸名かもしれない。それでも、一つ情報を得られた。
「……あいつ、気付いてるな」
しばらくイベントの趣旨などが語られていたが、天也はふと視線を感じて顔を上げる。すると玲遠と目が合い、彼がわずかに目を細めた気がした。
玲遠はすぐに目を逸らしたが、天也がいることに気付いているぞと言ったも同然だ。天也は努めて冷静さを保ち、玲遠が何をするのかを確かめる。
「……ということで、イベントのやり方を説明しましょう。事前に登録して下さった皆さん一人一人に、私から鍵をお配りします」
玲遠は手に持っていた鍵を摘み、顔の横に上げてプラプラと動かす。何の変哲も無い鍵に見えたが、魔力のある者が見ればそこに籠められた魔力の量に驚くかもしれない。
幸か不幸か、ここには魔力保持者はいなかった。
「代表者が登録しているはずですから、グループで動いて頂いても構いません。鍵を全員が受け取ったら、その鍵に合う鍵穴をこの街の中から見付けて頂きます。鍵穴はこちらで用意し、許可を得て設置しました」
つまり奇妙な鍵穴は、玲遠が設置したということだ。彼は続ける。
「皆さんは、自分の鍵が合う鍵穴を見付けて解錠してきて欲しいのです。それが全て開けられた時、もしかしたら異世界への扉が開くかもしれません!」
ワッとその場が沸いた。誰もが玲遠の言葉を信じているわけではないのだろうが、非日常的イベントとして楽しんでいる。
白々とした気持ちでその賑わいを眺めていた天也は、ふと思う。もしも本当にこのイベントを通して扉が開いてしまった場合、どうなるのだろうかと。
(仮に開いたとして、互いの世界に干渉することになるよな。それは過去にもあったんだろうけど、偶然の要素が濃いと思う。じゃあ、今は?)
明らかに、玲遠はソディールに対して何か目的がある。彼を向こうに行かせるわけにはいかないし、遊び目的のたくさんの人々もまた行かせるわけにはいかない。
「……唯文たちに知らせられたら良いんだけど」
しかし、それは叶わない。今どうするべきなのか、天也は決めかねていた。
天也が悩んでいる間にも、イベントは進んで行く。チーム毎に鍵が配られ、制限時間は二時間だと伝えられた。
「では、不思議の世界へ……いってらっしゃい」
ピーッとスタートの笛が鳴り響いた。参加者たちは思い思いに公園を出て行き、やがて玲遠以外はいなくなる。
「……オレも行かないと」
誰もいなくなる前に、と天也はベンチから立ち上がった。そして歩き出そうとした矢先、目の前に人影が立つ。
「やあ、また会ったね」
「――っ!」
思わず左足を退いたが、ベンチにふくらはぎをぶつけた。それ以上下がることも横にずれることも出来ず、至近距離で玲遠を睨み付けることしか出来ない。
「……何か用か?」
「きみにも是非参加して欲しいと思っているんだけど、その様子だとまた振られそうだなぁ」
「当たり前だ。前にも言ったけど」
「友だちを売るような真似は出来ないって言うんだろう? そういう気持ちは美しいと思うよ。だからこそ……きみはきっと、私を看過出来ないだろうね」
「……」
だからここに来たのだろう。そう問われ、天也は二の句が継げない。
しばし、黙って睨み合う。睨んでいたのは天也だけで、玲遠は穏やかに微笑んでいたが。
「――悪いけど、そろそろ行くから」
「ふふ。引き留めて悪かったね」
天也が軽く玲遠の胸を押すと、彼はすぐに引き下がった。若干の違和感を感じつつも、天也はするりとその場を出て行く。
「……きみは、私の手の中だよ。石崎天也」
怪しく嗤った男の声は、駆け出していた天也には届かなかった。
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