第719話 二つではない

 朝食を終え、リンはユーギと唯文と共に、二人が見付けた鍵穴を見に行った。ユキと春直の見付けた方は、話を聞いていたジェイスが彼らと共に向かっている。

 住宅街のど真ん中、とある空き家の扉につけられたものだ。近付くことは出来るが、空き家の敷地内に我が物顔出入るのは気が引ける。

「本当だ。不自然だな、場所が」

「そうなんですよね。あんなところに鍵穴つけて、何の活用法があるんだろうって不思議なんです」

「……」

 唯文の言葉を聞きながら、リンはレオラからの依頼についても考えていた。この鍵穴が彼の言っていた前触れだとしたら、壊すべきだろうかと。

(だがもしもそうでなかった場合、器物破損だな)

 戦いの中で様々なものを壊してはきたが、ただの善良な一般市民の住む住宅地で騒ぎを起こすわけにはいかない。リンは鍵穴から異変を感じるかどうか神経を集中させていたが、今のところは何もなさそうだ。

「どう? 何かが起こったりするのかな」

「今のところは、心配なさそうだ。ただ、警戒を怠らない必要はあるだろうな。……さっきお前たちにも話した通り、レオラによれば、この世界とあっちの世界を無理矢理繋げようとしている奴がいるらしい。その前触れが、鍵穴の出現だそうだ」

「無理矢理繋げなくても、五月を待てば良いのに。一日限定だけど、もう一度繋がるよ?」

「世間一般では、次に繋がるのは百年後かなんて言われているだろ。知っているのは俺たちだけだ。それに、日本じゃ扉の存在は忘れ去られているはずだからな」

 ユーギが疑問を呈すると、リンは肩を竦めて応じる。

 晶穂と克臣は日本の出身だが、扉が消えるという時にソディールで生きる選択をした。その際、レオラによって向こうの世界の人々からソディールに関する記憶は全て消されている。一部の例外を除いて。

「それもそっか」

「だとしたら、誰がどうして異世界の存在を知ったのかが気になりますね」

「確かに! あれかな? マンガとか小説とかで、異世界に行くってあるよね。そういうのを読んで、自分にも出来るかもって思っちゃったとか?」

「……その一時の思い付きで異世界転移出来るのなら、扉なんて必要ないだろ」

 唯文の呆れ顔に、ユーギは「そうなんだけどさ」と頬を膨らませた。

 リンは二人の会話を聞きつつも、違和感を感じる鍵穴を眺めている。もしも何か動きがあれば、すぐに行動に移らなければならない。

 しかし、何かが起こる気配はない。五分程して、リンはジェイスたちと合流するために移動しようかと二人に提案しようとした。まさにその時、ポケットに入れていた携帯端末が音をたてる。

「……克臣さん?」

『おお、リン』

「どうしたんですか? 確か、サディアさんたちの報告を待っていたんじゃ……」

 サディアとは、銀の華に所属する遠方調査員の一人の名だ。滅多にリドアスには帰って来ずに何処で何をしているのかわからないが、時折現状報告を送って来る。

 克臣はその報告書が届くのを待っていた。どうやらそれが手元に届いたらしいが、彼の声は硬い。無意識に、端末を持つリンも緊張した。

「……」

「……」

 リンが通話し始めたことで、唯文とユーギも会話を止めて聞き入っている。スピーカーにするか迷ったが、公道の真ん中では歩行者の邪魔になってしまう。周囲を見ると、近くに空き地があった。リンは二人に指で示し、そちらへ移動する。

 移動の間にも、克臣は話を続けた。

『報告書は届いた。そこに、気になる文面があってな。まずはお前に知らせておこうと思って電話してる』

「気になる文面?」

 ここでスピーカーにして、唯文とユーギにも聞いてもらう。

「どんなものなんですか?」

『どうも、ソディリスラの各地で鍵穴が出現しているらしい。昨日まではなかったはずのものがある、とサディアたちの正体を知る宿の主人が訴えて来たらしい。調べてみると、そんな事例は一つじゃない』

 サディアたちを呼んだ宿の主人によれば、彼の経営する宿の近所の空き家に、奇妙な鍵穴が出来たと言う。昨日までなかったんだ、何か恐ろしいことの前触れかと主は恐れていたとか。

「鍵穴……」

『サディアたちは、今朝のレオラの件を知らない。一応伝えておこうと思うが、どうだ?』

「俺もそれが良いと思います。あの方々は、充分に強いですから。何かあっても大丈夫でしょう」

 サディアには五人の部下がおり、その誰もが実力者だ。

 リンの言葉に頷いたらしい克臣は、そういえばと話柄を変えた。

『そっちはどうだ。ジェイスは?』

「ジェイスさんのところには、今から向かおうというところで……」

 ――ガタリ。

 何かが落ちる音がした。リンたちがその音のした方を振り返ろうとした矢先、通話に割り込みがある。音の方を唯文たちに任せ、リンは克臣に繋いだまま割り込んで来たジェイスに通話を繋いだ。

「ジェイスさん?」

『ああ、リン。克臣もいるな? 丁度良い』

『どうかしたのか?』

『その通りだ』

 緊張感を帯びたジェイスの声に、リンと克臣は唾を飲み込む。その時、リンの背後で二人分の悲鳴が聞こえた。

「「団長!!」」

『鍵穴に、何かが差し込まれた。多分、だ』

「鍵穴から、何か出てる!」

 リンが振り返った時、鍵らしきものがくるりと回った。

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