第718話 神の依頼

 不思議な鍵穴を見付けた翌日、リンは熟睡出来ずに早朝から中庭で剣を振っていた。どうもそわそわとして、落ち着かない。

(扉が繋がるのは、まだ先の話だ。あいつらが見付けた鍵穴は、きっとただのデザインだ。……そう考えられればどれだけ良いか)

 そう言い聞かせなければならないくらいには、リンは落ち着いていない。深呼吸の代わりに同じ動作を繰り返し、剣技に集中する。一つ、二つ、連続した動きを確かめながらなぞっていく。

「一、二、三……」

「……ン、リン!」

「うわっ!?」

 突然視界に現れた白銀の青年に、リンは思わず声を上げて二、三歩下がった。瞬時にその正体に気付かなければ、剣を一閃していたかもしれない。

 そんな命拾いした青年は、軽く息をつくと右手を腰に当てた。

「それだけ驚かれるとは。気が緩んでいるのではないか?」

「こんなところに創造神が出て来るなんて思わないだろ、レオラ。何の用だ?」

「挨拶だな」

 フフッと上品に笑ったのは、ソディールの世界創造神であるレオラだ。彼は我が物顔で中庭のベンチに腰掛けると、未だ驚きから立ち直れていないリンに元気かと尋ねた。

 リンは、頭を抱えたい気持ちを抑えて頷いてやる。

「一応な。……そうだ、丁度良い。お前に訊きたいことがある」

「神を『お前』呼ばわりするのは、銀の華のお前たちくらいのものだろうな。……奇遇なことに、我も話しておきたいことがある」

 ふと真剣な顔になったレオラに、リンは「そっちから話せ」と促した。

「多分、どちらの言いたいことも同じだ」

「だろうな。……お前たち、最近『鍵穴』を見なかったか? 何処にでもあるものではなく、特に違和感のあるものを」

「俺は見ていない。だが、ユキたちが見付けた。それをこれから、あいつらが起きたら確認しに行く」

「なるほど、そうか。ならば、話が早い」

 レオラは長い足を組み、悩ましげに顔をしかめる。

「あれは、異世界からの干渉だ。他世界の何者かが、ソディールに入るための扉を創ろうとしている」

「扉を創る? そんなこと……ないものを創るなんて、神みたいなことが出来るのか?」

「そうとしか考えられん。実際、次元の狭間では歪みが生じている」

 姫神が見付けた。レオラはそう言うと、言葉を続けた。

「ヴィルが正式に扉を繋げるのは、五月。それまで二つの世界に繋がりはない」

「無理矢理、世界に繋がりを作ったわけか。繋がろうとしている世界が地球なら、狩人の連中か?」

「あちらの世界のことまで視ることは出来ない。だが、あちらの世界にいる元狩人は、二人だけだ。他にこれほどの魔力を持つ者がいるとは考えにくいが……」

「考えにくいだけで、可能性が全く無いのではないないだろう?」

 リンは剣を仕舞い、腕時計を見た。そろそろ年少組が置きてくる頃だろう。

 案の定、廊下をバタバタ走る音が聞こえて来た。

「兄さん、ここに……って、レオラ!?」

「なになに? 本当だ、レオラがいる」

「団長、晶穂さんたちが朝食だって捜してましたよ」

「あれ、創造神……レオラ様がいる」

「呼びに来てくれたのか、ありがとう。もう少しこいつと話したら行くと伝えてくれるか?」

「わかりました」

 四人四様の反応を面白く思いながら、リンは伝言を頼む。唯文が頷き、その場は再び二人だけになった。

 年少組を見送ったリンを見て、レオラは苦笑をにじませる。

「良いのか、朝食は?」

「あまり待たせたくはない。だけど、今はお前の用事を済ませたい」

「そうだな」

 賢明だ。そう言って、レオラは話を続けた。

「まあ、そういうわけだ。何者か、力を持つ者が次元の制約を突き破ろうとしている。その前触れがあの鍵穴だと思えば良い」

「で、俺たちへの要求は?」

「頼みたいのは、鍵穴の調査だ。いつ扉が開くかは不明だが、あまり時間はないだろう」

「……わかった。成果と言えるものがあるかはわからないが」

「助かる」

 レオラはそれだけ言い置くと、一瞬で姿を消してしまった。来た時と同様、気配も何もない。

 リンは軽く息をつくと、朝食を摂るために食堂へと向かう。途中手を洗っていた時、呼びに来た晶穂に出くわした。

「ここにいた!」

「ごめん、晶穂。レオラとの話が長引いた」

「……また、何かある?」

「そう、だな。少し面倒なことになりそうだ」

 リンがかいつまんで起こっていることを話すと、晶穂は少し悲しそうに眉をひそめた。

「また、誰かの悪意が近付いてるんだね」

「そうだな。……何も知らずに受け入れてしまえば楽なんだろうけど、残念ながら、頼られたのは俺たちだ」

「うん。神様に頼られたら、やるしかないよね」

 でもね、と晶穂は人差し指をリンに突き付けた。

「一人では行かないで。わたしじゃなくても良いから、誰かと一緒に。絶対だよ」

「ああ。俺には、頼りになる友人たちがたくさんいるからな。……晶穂も含めて」

「だと良いんだけど。――ほら、ご飯食べて! ユキたちが待ってるよ」

「待たせてるな。わかった」

 乾いたタオルを濡らし、リンは晶穂を追って食堂へ向かう。そこには待ちくたびれた年少組が揃っていて、色々と世話を焼かれることになる。その様子を、晶穂が嬉しそうに眺めていた。

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