第717話 不思議な鍵穴
隣町の雪合戦大会から数日後、アラストの町をユキと春直が歩いていた。ジェイスからお使いを頼まれ、商店街から帰る途中だ。
「春直、もう買うものないよね?」
「帳簿、ペンのインクだよね。あと、ぼくらの好きなものもお釣りで買って良いって言われたけど……本当によかったのかな?」
春直が心配したのは、買い物袋の中身だ。頼まれたもの以外、お菓子とちょっとした筆記用具が入っている。お菓子は食べる分、筆記用具は学校で使うものだ。
不安げな春直に対し、ユキは鼻歌交じりに歩いて行く。
「ジェイスさんが良いって言ったんだから、大丈夫だよ。それに、鉛筆とかノートとか、必要なものも買ったんだし」
「そう、だよね。……あれ?」
ふと春直が立ち止まり、先を歩いていたユキが振り向く。何かを見つめている春直の横まで戻り、どうしたのかと問いかける。
「何かあった?」
「こんなの、あったっけ?」
「こんなの?」
春直が指を差すその先を見たユキは、首を傾げる。空き家の扉に、不釣り合いな大きさの鍵穴が開いているのだ。それは拳二つ分の大きさがあり、やけに存在感があった。
二人がいるのは、その空き家の門の前。門には鍵がかかっておらず、動かせば容易く入ることが出来そうだ。とはいえ、二人はお使いの途中であることを思い出し、その場は踏み止まった。
「あんなに存在感のあるもの、今まで気付かなかったね」
「うん。変な感じはしたから、兄さんたちには一応報告しておこうか」
「賛成」
買い物袋をがさがさと揺らしつつ、二人は駆け足でリドアスへ向かった。
一方同じ頃、唯文もアラストの別の場所を歩いていた。読みたい本を探しに書店へと行った帰り、いつもとは一本違う道を歩いてみる。道が一つ違うだけで、見える景色は全く違う。普段遠くに見えるものが、案外近いことを知るのだ。
「……で、何をしているんだユーギ?」
「あれ? 唯文兄」
新書を二冊入れたリュックを背負い直し、唯文は人家の前でしゃがんでいる友人に問いかけた。ユーギは唯文に気付くと、パッと笑みを見せる。
「ねえねえ、アレ何だと思う?」
「あれ?」
ユーギが指差す先を彼と同じ目線になって見た唯文は、眉間にしわを寄せた。何だあれは、と顔に書かれる。
「何で、あんなところに鍵穴が?」
「不思議だよね。デザインかな?」
「ペットのための扉というわけではなさそうだしな。中途半端過ぎる」
表札はなく庭の草も生え放題で、一目で空き家だとわかる住宅だ。その玄関の扉の真ん中よりも少し下に、不自然な鍵穴がある。そんなところに鍵穴をつける必要性は皆無に思えるが、デザインだと言われてしまえばそれまでだろう。
「……何か、変な感じ。微妙に魔力? みたいなものも感じるし」
「また、空が落ちて来る前触れとかじゃないよな」
唯文が言うのは、以前本当にあったことだ。異世界とこのソディールを繋ぐ扉が消失した際、一時的に世界が不安定になって一部の空が欠片となって落ちた。
「あんなことが二回も起こるとは思えないけど……。ちょっと気になるし、団長たちに報告しとこうか」
「そうだな。……っと、噂をすればだ」
「どうしたの?」
立ち上がったユーギに、唯文は持っていた携帯端末の画面を見せる。そこには、晶穂から夕飯のメニューが送られて来ていた。今日はハヤシライスらしい。
「晶穂さんのハヤシライス!」
「あの人、料理上手だよな。……腹減って来た」
「ぼくも」
早く帰ろう、とユーギが唯文の腕を引く。抵抗する理由もなく、唯文は素直にリドアスへ足を向けた。
その日の夜、ハヤシライスを皆で食べ終わった後に年少組がリンを呼んだ。
「団長」
「どうした?」
ユキに手招かれ、リンは首を傾げて四人の傍へ行く。食堂で固まって座っていた四人の隣にリンが腰掛けると、まずユキが「これ見てよ」と携帯端末を突き出した。
端末の画面いっぱいに、何かの写真が表示されている。
「これは……鍵穴か?」
「そう。でもさ、おかしくない?」
よく見てよ。そう言って、ユキがずいずいと画面を近付けてきたため、リンは「見えないから!」と少し手で遠ざけた。それから端末を自分の手に取り、写真をじっと見つめる。
「……これは」
「写真じゃわかりづらいけど、変な感じがするんだ。それに、ぼくらだけじゃない。唯文兄とユーギも変な鍵穴を見たって!」
「お前たちもか」
リンが尋ねると、二人も頷く。
「おれたちが見たのは、住宅街の空き家です。写真を撮るのは何となくはばかられたのですが……」
「こう……ぼくの腰位の位置に拳くらいの大きさの鍵穴があったんだ」
「そんな妙な場所にか……。二つとも空き家というのも気になるな。まるで……日本と繋がる扉が開いていた時みたいな」
扉で二つの世界が常時繋がっていた時、リンは日本の大学に通っていた。向こうとこちらを行き来する際、使っていたのが空き家の扉だったのだ。
(まあ、扉はレオラたちが管理しているはずだ。前のようなことには)
ならないだろう。そう思いながらも、胸の奥で何かがざわめくような感覚がある。リンは湧いた不安にふたをして、四人に「明日案内してくれ、見に行こう」と約束した。
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