第713話 三人の何でもないティータイム

 リドアスに帰って来てから、リンたちは怒涛の日々を過ごしていた。彼らが出かけているからと遠慮されていた仕事が幾つか一度に舞い込んだり、盗賊が出たという知らせを受けて遠征したりしていたのだ。

 年少組も、休んでいた学校に行き始めた。その宿題や補講で毎日くたくたになっている。それでも帰宅後や休日は元気に遊びまわるのだから、大したものだと年長組は感心していた。

「っはー! 全っ然休ませてくんねぇな」

 そんな日々が一ヶ月程続いた頃、夕食後のお茶を飲んでいた克臣がテーブルに突っ伏した。それを見たジェイスが、苦笑いを浮かべる。

「暇を持て余すよりは建設的だよ、たぶんね。それに、誰かを守る、笑顔を引き出すことがわたしたちの役割だから」

「そうは言うが、俺たち自身も休まねぇと。険しい顔してたって、笑顔は向けてもらえないぜ」

「的確だなぁ」

 紅茶に添えた花の形のクッキーをかじり、ジェイスはふと食堂に飾られているカレンダーを眺めた。

「あれから一ヶ月、かな」

「もう少し冬は続くけどな。春になったら、今は大人しい連中も動き出すだろ」

「……狩人の残党もサーカス団の残党もいなくなったと思いたいけれど、正直わからないからね」

 今まで、銀の華は様々な組織と敵対してきた。決して後味の良い結末ばかりではなかったが、それらがなければ今の銀の華はない。

「……。そういや、聞いたか?」

「何を?」

 ジェイスが首を傾げると、克臣が頬杖をついて笑った。

「スカドゥラが他国との国交を開いたんだと。自分の殻に閉じこもっていては見えないものがたくさんある……だとか何とかで」

「そう。それなら、無益な争いも少なくなると良いな」

「あそこの戦士は強すぎるんだよ」

 何度も戦ってられるか。克臣が憤慨し、冷えた紅茶をあおった。ジェイスも「そうだね」と笑うことしか出来ない。国家と刃を交えるのは、色んな意味で大変なのだ。

 そこへ、寝間着姿のリンがやって来た。廊下からこちらを覗いていたのを、ジェイスが手招いたのだ。

「まだここにいたんですか?」

 夕食が終わって、何時間も経過している。年少組はとっくに眠ってしまい、リンも仕事のきりが良くなったため休もうと思っていた。水を飲もうと食堂を覗き、兄貴分たちを見付けたのである。

「お、リン。お前ももう休むのか?」

「はい。明日もやることがあるので」

 食器棚から取り出したコップに水を注ぎ、何口かに分けて飲む。あと一口という時、克臣が「そういえば」と話を向けた。

「お前、いつ晶穂にプロポーズするんだ?」

「――ゲホッ」

 盛大に咳き込んだリンは、ジェイスに背中をさすられながら克臣に向かって食ってかかった。

「な、何を言い出すんですか突然!」

「突然じゃないだろ。今までにも何回か聞いたぞ?」

「今までの話ではなくて! 何で今なんですか……」

「思い付いたから。深夜テンションの方が話しやすいだろ?」

「それは克臣さんだけですよ」

「それは克臣だけだろ」

「同時かよ」

 リンとジェイスに同時に同じ内容のツッコミをされ、克臣は肩を竦める。

 リンはといえば、ようやく咳が治まって近くの椅子に腰掛けた。そしてこぼしそうになったコップを置いて、二人の兄貴分から目を逸らす。

「今回のことが終わったら。そう思っていたんですが、いざとなると何をどうすれば良いのかわからないんです」

「相変わらず、わたしの義弟おとうとはかわいいな。……そういうことなら、目の前にプロポーズの先輩がいるじゃないか」

 矛先を向けられた克臣が目を丸くして、自分を指差す。

「え、俺?」

「そうだよ、克臣。克臣は既婚者だろ? 真希ちゃんからあらましは聞いているけど、リンにハナシテやったら? 参考にはなるはずだよ」

 ニヤニヤと笑うジェイスに、克臣は及び腰になる。まさか自分が話す側になるなんて、考えもしていなかったのだ。

「え、いや……」

「……お願いします、克臣さん」

 いつも真面目なリンだが、この度は更に真剣に克臣を見つめる。結婚が一緒にいるための条件ではないことは百も承知だが、一つの形ではあるのだ。

 そんな弟分の熱意に負け、克臣はガシガシと頭を掻いて困った顔で笑った。

「俺のを聞いても、参考程度にもならんと思うぞ?」

「でも……俺は、動けずにいるので」

「リンの場合は、忙しすぎるんだよな。ゆっくりデートも出来てないだろ」

 克臣の言う通り、銀の花の種の一件が終わってからのリンは忙しかった。目覚めたその日は体力が失われた分だけ思い通りに動けず、リハビリしながら読書をしたり軽い鍛錬をしたりして過ごした。

 しかしその翌日からは、自らの意志で進んで仕事をしていたのだ。書類整理などがなくても、鍛錬や遠征で慌ただしくしていた。たまに買い出しなどに出かけようものならば、ひったくりや万引き犯を捕まえて警邏に突き出すこともあった。

 リンは肩を竦め、軽く頭を横に振ってから微苦笑を浮かべた。何だかんだ、晶穂とデートをしようとすると何かが起こり中断せざるを得なくなるのだ。

 心当たりしかなかったリンは、克臣に向かって微苦笑を浮かべた。

「俺のことは良いんです。克臣さん、覚悟を決めて下さい」

「わかってるよ。……俺は、春の、真希とのデートの最後に言った。『一緒にもっと幸せになりたい。俺の傍にいて欲しい』……なんてことを言った気がする」

 最後の最後で、克臣は顔を背ける。耳まで真っ赤になる彼が珍しく、リンは思わずしげしげと眺めてしまった。

 ジェイスは不甲斐ない幼馴染に、盛大なため息をついてみせる。

「……最後に茶化すんだもんな」

「仕方ないだろ、ジェイス! 小っ恥ずかしいんだよ!」

「でも、克臣さんはやり切ったんですから。凄くかっこいいと思います」

「ヤメロ、素直に褒めるな。照れる」

「本心ですよ」

 リンが淡く笑いながら言うと、克臣は照れ隠しに彼の頭を乱暴に撫で回した。

「や、止めてくださいよ!」

「あんな恥ずかしい思いしたんだ。止めてやれるかよ!」

「大人げないぞ、克臣」

 ジェイスはといえば、くすくす笑うだけで止めに入らない。克臣がじゃれているだけだということは見ていればわかるし、リンも本気で嫌がっているわけではない。

 満足したのか、克臣は撫で回しす手を止めてリンの髪を梳きながら撫でる。

「ま、お前の素直な気持ちを伝えれば良い。応援してるぞ」

「そうだね。結局は、伝わればどんなに不格好でも良いんだ。……頑張れ、リン」

「……はい」

 再び顔を赤くして、リンはこくんと頷いた。

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