第711話 空からの帰還
光の洞窟を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。砂漠の中にある洞窟から近くの町まで、歩いて行くのは危険だ。
星が瞬く中、ユーギが伸びをした。
「花の精がシンを呼んでくれて助かったね」
「そうだけど……どうやって呼んだんだ?」
唯文の至極当然の疑問に対し、答えはすぐに出た。
「お待たせ!」
晶穂たちが洞窟を出て十分程経った時、遠くの空からすさまじい勢いでシンが突進するように飛んで来た。シンは地面に突っ込む前に方向転換し、ゆっくりと地面に降りて来る。
しかし、大きな龍であるシンが羽ばたくだけで、周囲の砂が巻き上げられた。それに気付き、地面まであと二メートルというところで小さな姿に変化する。
「みんな無事だね、よかった」
「まあ、色々あったけれどね」
服や肌についた砂を払い落とし、ジェイスが苦笑する。彼を含め、皆見た目はかなりボロボロだった。
克臣はリンを背負い直し、そういえばと浮いているシンを見上げた。
「しかし、どうやって俺たちが戻ることを知ったんだ? 花の精は自分がシンを呼んだって言っていたが?」
「え? 勿論、呼ばれたから来たんだよ」
「いや、だから誰にだよ」
きょとんと不思議そうな顔をして首を傾げるシンに、唯文が突っ込みを入れる。
「花の精とシンは面識がないだろう? それなのにって不思議だったんだ」
「ああ、そういうことなんだね」
納得した。そう言って、シンは目を細める。
「ボクはどうやら、世界の始まりと共に生まれたらしいんだ。最近思い出したんだけどね」
「は?」
「だから、同じ時期に生まれた花の精とは兄弟みたいな感じ。ボクが色々思い出してきたから、絶えていた繋がりが復活して、テレパシーみたいなものを飛ばし合えるようになったんだ」
「……なんだか、思った以上に壮大な話になったな」
唖然とした唯文たちに、シンはにこにこと目を向ける。
「だから、みんながもう帰って来られるって知れて、とっても嬉しいよ! 一香さんたちが待ってるから、早く帰ろう」
「シン、リンが眠っているからゆっくり飛んでね」
「わかったよ、晶穂」
晶穂に頭を撫でてもらい、シンはご満悦だ。再び本当の姿に戻ると、仲間たちに背中を向けて彼らが上って来るのを待つ。
ユーギから始まり、最後にジェイスが飛び乗った。全員が載ったことを確かめると、翼を動かして空へと舞い上がる。
上昇する毎に月や星が近くなり、周囲の暗さが増していく。シンは夜の闇の中、ゆっくりと体をくねらせ翼を使って飛ぶ。
「みんな、出来るだけ静かに飛ぶから、寝ていてくれても良いよ。ちょっと寝づらいかもしれないけど、絶対に落とさないから」
「ありがとう、シン。気持ちは……いや、気持ち以外も受け取っておこうかな」
ジェイスのすぐ脇で、春直が舟を漕いでいる。彼を自分に寄り掛からせ、ジェイスは小さく笑った。
「子どもたちが安心して眠っている姿は、ほっとさせてくれるね」
「違いない。こっちも寝ちまった」
そう言って笑う克臣が、自分の横を指差す。リンを膝枕で寝かせ、克臣の肩をユーギが借りて眠っている。
シンの体は気付くと大きくなっており、その分背中の広さも変化していく。現在は、大人一人が大の字で寝ても転げ落ちない程度の広さはあった。
やれやれと肩を竦めながらも、克臣の目は優しい。戦いの疲労がたまっているのはこの場にいる全員だったが、緩んだ空気が心地良く漂っていた。
「夜が明ける頃にリドアスに着くからね」
晶穂は朝まで起きている気でいたが、シンのその言葉を聞いた以降の記憶はない。どうやらその後眠ってしまったらしかった。
「……う、寝ちゃってた」
晶穂が目を覚ましたのは、朝日の光を感じて眩しかったから。ぼんやりと瞼を上げると、皆思い思いの姿勢で目を閉じていた。
冬の夜、普通の状況ならば風邪をひいていてもおかしくない。彼女らに全くその気配がないのは、シンの魔力とジェイスの魔力によって冷たい空気を遮断する壁が創られているからに他ならない。
「あ……」
進行方向を眺めた晶穂は、見慣れた景色が近づいて来るのを見てほっと胸を撫で下ろす。
(リドアスだ。帰って来たんだね)
大きな木が立っているのが見える。冬本番の季節となり、葉は落ちて枝や幹がむき出しだ。
晶穂がぼんやりと景色を眺めていると、目覚めたジスターと目が合った。彼は晶穂の向かい側で胡坐をかいて目を閉じていたが、今は目を覚まして景色を眺めている。
「おはようございます、ジスターさん」
「おはよう。……ああ、もうここまで来ていたんだな」
「そうですね。みんなも起こさないといけませんし」
「じゃあ、ボクがみんなを起こすよ」
引き受けたシンが、いつもよりも少しだけ大きな声で「起きてー」と言うと、眠っていたメンバーが順番に目を覚ます。
「おはよう」
「おはようございます」
「――あ、もう着きますね」
「うん! みんな、掴まっていてね」
元気にそう言うと、シンはゆっくりと高度を下げていく。シンの到着に気付いたのか、リドアスの玄関の戸が開いて一香が表へ出てきたのが見えた。
「おかえりなさい、皆さん」
「ただいま、一香さん」
一香だけではなく、その時リドアスにいた仲間たちが現れる。
克臣は文里の手を借り、リンを彼の部屋のベッドへ寝かせた。世話を晶穂に頼むと、うーんと伸びをする。
「帰って来たな、ようやく」
「ああ、そうだね。……少し、昼くらいまで休もうか」
「賛成」
ジェイスと克臣が言い合い、旅の報告会はその日の午後からということになった。
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