第709話 痛みを耐え抜け
耐えろ。花の精がそう言った矢先、リンは自分の体の最奥で大きく何かが脈動するのを感じた。体が震え、耐えていても痛みに声が漏れる。土を掴み脂汗を流すリンの異変に、晶穂は彼を正面から抱き締める。
「う……あ……」
「リンっ」
「あきっ……!」
「――っ、いるから。みんな、一緒だから。リン、頑張って!」
「ぐぁ……」
リンは苦しそうに呻き、晶穂にすがるように抱き着く。普段ならば人前でそんなことはしないし、晶穂と二人きりの時ですら恥ずかしがる。照れる余裕もないのは、リンの表情から一目瞭然だ。
力加減をすることも出来ず、リンは晶穂の二の腕を力任せに掴んでいる。晶穂はリンの力の強さに痛みを感じながらも、それ以上のものに耐えるリンを励まし続けた。
「リン……っ」
「おい、花の精! 今何が起こっているんだ!?」
無意識に拳を握り締めるジェイスの横で、克臣が花の精に食ってかかる。
花の精は『見ていられないだろう?』と嘆息し、目を伏せて現状を教えた。
『今、我ら銀の花の力で、この者の中に巣食う毒を滅している。しかしこの者の深くまで根を張った毒を除くには、荒療治が必要だ。……土から深く根付いた植物の根を引き抜くように、跡形も残さず全て除くには、それ相応の力が要る』
「……っ」
「つまり、留まろうとする毒と引き剥がそうとする貴女の力とがせめぎ合い、その反動を受けてリンが苦しんでいるということですか?」
『そういうことだ。……こやつが力尽きるのが先か、毒が力尽きるのが先か。全ては、こやつの頑張り次第』
「――ッ!」
淡々と話す花の精に、衝動的に食ってかかろうとしたユキを、唯文が無言で止める。黙って首を横に振られ、ユキは奥歯を噛み締めた。
「……かはっ」
「大丈夫だよ……ここにいるよ……」
「う……ぁ……ぐっ」
リンの手は、力を入れ過ぎて真っ白だ。反対に、掴まれている晶穂の腕からは、血がにじんでいる。爪が食い込むことで、肌が切れてしまったようだ。
晶穂は血に気づきながらも、リンを抱き締め続ける。少しでも彼が楽になるようにと、自分の残りの魔力をも注いでいた。
「……もう、少し」
リンは苦しみながら、自分の中で何が起こっているのか感じて把握していた。根を張った毒の根本に、花の力が注ぎ込まれている。
毒素は、花の力に抗い暴れていた。それはリンの体の表面に如実に現れ、服で隠れない場所にも痣を出現させる。
「あっ、首元……」
春直の思わずといった呟きは、ただの始まりに過ぎなかった。首元、足首、耳。徐々にせり上がっていく幾何学模様に、晶穂たちは恐怖した。
「だめっ」
少なくなってきた魔力を振り絞り、晶穂は抵抗を試みる。痣に全身が包まれてしまえば、リンは死んでしまうから。彼を強く抱き締め、神子の力を限界まで使う。
すると、少しずつ痣の広がるスピードは抑えられ、それどころか交代し始めたように見えた。事態の好転に、ユーギが呟く。
「とまっ……た?」
「いや、まだだ」
冷静なジェイスの言葉を裏付けたのは、リンの体に起こった変化だ。苦しむリンの手に装着されたグローブがわななき、生地が弾け飛ぶ。黒い生地と共にそこから飛び出したのは、真っ黒な模様だった。
「うぁ……。あぁぁぁっ!!」
グローブだけではなく、袖も千切れて浮かび上がった模様が弾ける。リンから離れたその模様は、彼の全身を覆っていた毒素を示す幾何学模様だった。
「あれは……」
変化の激しさに呆気に取られていた克臣が、戸惑ったままジェイスへと視線を向ける。それに気付いたジェイスが、あくまで推測だけどと前置きをして付け加えた。
「リンの体に入り込んでいた毒の象徴、というところかな」
「つまり?」
「……あれが消えれば、解毒完了だ」
ジェイスたちが見上げるその場所で、痣だったものは身をよじって暴れている。小さな光が幾つもそれらの周りをくるくると回っており、その光の正体である花の力に苦しめられているのだろう。
「あっ」
誰の声だっただろうか。身をよじり暴れていた模様が、突如動きを止めた。倒されたかと誰もが思ったのも束の間、列をなしてリンに向かってなだれ込んで来る。晶穂が彼の上に覆い被さってもう一度リンに毒が戻るのを防ごうとした矢先、冷え冷えとした風が背後に吹いた。
「ユキ……?」
「今度こそ、ぼくが兄さんを守る。もう、絶対に兄さんに戻らせてなんかやらないから」
ユキがリンと晶穂を守る氷の壁を創っていた。冷えた眼光が模様を射抜き、それらは悔しげにその場でぐるぐると回る。
模様は何度もリンに突っ込んで来ようとするが、全てユキの創り出した氷の壁に阻まれた。ぶつかったことでその部分に氷の破片がくっつき、動きを鈍くする。
「そう簡単に、戻られてたまるもんか。このまま……」
その時だった。体当たりを繰り返していた模様の一軍がぶるぶると震え始めた。その震えは徐々に大きくなり、やがて動きは止まる。
「あ……」
文字にまとわりついていた小さな光の粒が、一層速くぐるぐると文字の周りをまわる。そして目にも止まらないスピードへと加速して、光が文字を覆い隠してしまった。
そして数秒後、パンッという破裂音と共に毒の禍々しい気配が搔き消えた。
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