第708話 父の夢
リンの目覚めを待ち望んでいた晶穂は、ジスターに肩を揺すられて目を開けた。
「ジスターさん……?」
「晶穂、周り見てみろ」
「あっ!」
晶穂は周囲の光景を目にして、思わず声を上げた。
驚いたのは、彼女だけではない。ジスターもジェイスも克臣も、その場にいる誰もが言葉を失って立ち尽くしていた。
「何だ、これ」
「凄く、綺麗……」
「うん、綺麗だね」
銀の華のメンバーたちの前に広がったのは、白い光の海だ。それは花の種が埋まった所に端を発し、円を描くように、波紋が広がるように、徐々に広がっていった。
眩しいが、目が眩む程ではない。光の海からは、キラキラとした星の欠片のようなものが舞い上がる。思わず伸ばした春直の手をすり抜け、欠片は更に上へと昇っていく。
「うっ……?」
「リン! 目が覚めた?」
「ああ……って、これは」
晶穂の傍で目を覚ましたリンは、上半身を起こして周りを眺めた。その間にも光の海は広がり続け、魔物たちはそれに触れると消失していく。
「消えてく……」
「これが、花の種の力ってことか」
ユーギとユキが言い合い、音もなくさらさらと消えていく魔物たちを見送った。
「あ、見て!」
指を差したのは春直だ。彼の見る先には、今まで何の変哲もなかった土の上。
「……花がっ」
声を上げたのは晶穂だった。彼女の言う通り、十個の銀色の花が風に揺れている。その花々の形は一つではなく、それぞれに違う。バラのような花もあれば、コスモスのような花もある。
「咲いた……」
ほっと胸を撫で下ろしたリンは、脱力し過ぎて立っていられなくなる。うわっと声を上げたが、尻餅をつくことは免れた。
「大丈夫か、リン?」
「あ、ありがとうございます。克臣さん」
「良く頑張ったな」
「……みんなのお蔭です」
顔を伏せ、リンは消え入りそうな声で言う。それが照れ隠しだと知っているから、みんな微笑んで見守った。
後は、リンの毒が抜ければ終わる。誰もがそう思ってほっとしていた時、不意にリンが顔を上げた。
『……求める者よ』
「……花の種か?」
呟いたリンの言葉に、皆ハッとする。視線が集まったのは、花々の上ではない。リンの目の前だ。
そこには、半透明の少女が浮かんでいた。真っ白なワンピースに、銀色でふわふわした髪を遊ばせた銀の瞳が印象的だ。
少女はぐるりと自分に注目する目に視線をくれると、リンを真っ直ぐに見つめて頷いた。口を開くと、そのかわいらしい見た目とは裏腹に、老成した女性の声が流れてくる。
『その通り。我は、銀の花の精。お前たちの旅を見守り、判断を下す役割を担う者』
「貴女が……。この光景を見る限り、貴女のお眼鏡に適ったと判断して良いのでしょうか?」
『そういうことだ。……改めて、お前たちには心から感謝する。この花畑は、世界を保つために必要不可欠な存在だ。それを復活させてくれたこと、礼を言う』
花の精は腰を折り、深々と礼をした。そして顔を上げると、ポーカーフェイスで淡々と話を進める。
『花を咲かせてくれた礼として、リン。お前の身に深く植わった毒を根こそぎ抜き、決してしんぜよう。ただし、かなりの負担をその体に強いることになる。仲間たちよ、任せたぞ』
「心得ました、花の精殿」
うやうやしく応じたジェイスは、振り返ったリンに対して首を傾げる。
「どうした、リン?」
「……いえ。すみません、何があるかわかりませんが、お願いします」
「ここにいるのは、わたしだけではないから。大丈夫だよ、リン」
「はい」
どうやら、自分は何かしらで運ばれることになるらしい。リンはそう結論付け、覚悟を決めて花の精に頷きを返した。
リンの返答に対し、花の精は満足げに首肯する。そして、何かを思い出したらしく、不意に両手を掲げた。
『忘れてしまっては、未来にかかわる。これを、お前たちに預けておこう』
花の精が何かを呟くと、彼女の手の間に小さな光が生まれた。それが消えた時、小さな銀の花の種が花の精の手の中に零れ落ちる。彼女はそれを、リンの手の上に落とした。
「これは……花の」
『そう、この先のための種だ。一つ目を、お前たちに預ける。他は……持つべき者たちがそれぞれの機会に持って行くだろう』
それは、虫をついばみに来た鳥かもしれない。花を見に来た旅人かもしれない。風に種が飛ばされた先にいた兎かもしれない。誰のもとにあれど、種は次のために受け継がれていく運命にある。
つまり、守護は世代交代するということだ。それを察し、思わず晶穂が声を上げる。その場合、アルファなどはどうなるのか。
「今までの守護たちはどうなるんです?」
『消える者、再び守護となる者、守護としての力を失う者、そして別の存在に生まれ変わる者がいる。……案じずとも、お前たちの言いたいことはわかる。彼女は、生まれ変わっていつか今度は人の子として生を受けることになるだろう』
「そう、なんですね。……寂しくなるな」
今世で再び会うことはないかもしれない。そう思うと寂しくもあるが、アルファが寂しくない生を送るのならばと考えを改める。
リンは少し落ち込んでしまった晶穂の手を握り、不器用に微笑んだ。絶対はない。それでも、希望を伝えることくらいは許されるだろう。
「……また、何処かで会えると良いな」
「うん。きっとね」
晶穂もリンの意図を理解し、柔らかく微笑む。それは他の仲間たちも同じで、彼らの中で、各守護たちとの出来事が思い出された。
『何年後か、何百年後か。いつか訪れるその時のため、種のことを頼む』
「はい」
リンは種を大切に袋の中に入れ、ふと呟いた。
「……父さんの夢、形は違うけど叶ったな」
「そうだね、兄さん」
リンとユキの亡き父ドゥラは、銀の花の存在を信じて己の願いを叶えるために探していた。そのため、作り上げた自警団の名も『銀の華』としたのである。
ドゥラはもういないが、息子たちは彼の探し求めたものを目の前にして更に種を手にしている。時間はかかったが、自警団が結成された当初の目的が達成された。
「……もう、花を探すだけの組織ではないけどな。大切に守るから、父さん」
種の入った袋をユキに預け、リンは花の精に向き合う。
「待たせてしまいました。お願いします」
『心得た。……耐えろよ』
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