第706話 新たな標的

 不敵に笑ったジェイスの言葉は、決して誇張などではない。彼らの自信に裏打ちされたものであることは、その場の誰もが知っていた。

 ジェイスの弓から放たれた矢は、途中で五本に分かれて縦横無尽に空を飛ぶ。それらに射抜かれ、二体の魔物が耳をつんざく悲鳴を上げて消失する。

「うるっさい!」

 ユーギの脳天へのかかと落としから、春直の操血術で絡め取る流れは慣れたものだ。更に唯文が魔物を一刀両断し、消えると同時に次へと向かう。

 年少組の連携プレーを視界の端に捉えた克臣は、フッと微笑む。

「やるじゃねぇか」

「流石、わたしたちの仲間だね」

「だな。俺たちも、負けちゃいられねぇ」

 克臣は自分に叩きつけられようとしている魔物の長い腕を、そのスピードを借りて両断する。更に腕が再生するという不測の事態に備え、一気に間合いを詰めて魔物の腹をかっさばいた。

 よしと振り向けば、同じく一体片付けたジェイスの背後にもう一体が迫っているのが見える。

「ジェイス!」

「ああ」

 ジェイスは先制を敵に許して頬に傷を負うも、最小限のかすり傷に留める。更に敵から伸ばされたその腕を掴むと、流れるように背負投げを決めた。

 ドシンッという衝撃で地面が軽く揺れる。その揺れでバランスを崩したもう一体の魔物を、阿形と吽形が食い破った。

「た、助かった……」

 魔獣たちが食い破った魔物は、春直に背後から襲いかかろうとしていた。彼がそれに気付いた時には間近に迫り、万事休すかと思い目を閉じることしか出来なかった。

「春直、怪我はない!?」

「ユーギ、唯文兄。大丈夫だよ。阿形と吽形が助けてくれたから」

 駆け寄ってくれた友人たちにそう報告して、春直は近くを飛んでいく二頭の魔獣に「ありがとう」と礼を言った。

「ジスターさんも、ありがとうございます」

「……ああ」

 一瞬の躊躇いの後、ジスターは頷く。まだ素直に反応することは苦手らしいが、それでもつっけんどんにならないのは彼の長所だろう。

 春直は立ち上がると、地面から湧いてくる魔物たちを見付けてギョッとした。

「あれで終わり、じゃなかったんだね」

「きりがない、な」

「もしかして、花が咲くまで続いたりして……?」

 ユーギの嫌な予想は、その場にいた全員の頭の片隅にあったもの。誰も彼の言葉を否定しなかったが、本当は心から否定したかった。

「だとしても、ここを一歩でも通すわけにはいかない。通せば、奴らの思惑通りになってしまうからね」

 ジェイスは薄くかいた汗を手の甲で拭うと、指を鳴らして数十本のナイフを出現させる。それらを順に飛ばし、次々に湧き上がる魔物を一発で仕留めていく。

 しかし、その間を掻い潜ったモノがぐいっと腕を伸ばした。

「しまった!」

「任せろ!」

 追い付いた克臣が剣を振り抜き、魔物の腕は力を失う。

「怪我はないか、晶穂」

「は、はい」

「なら、いい」

 ほっとして元の場所に戻ろうとした克臣は、ふと違和感に気付く。魔物と仮称で呼んでいるそれらが、ある一点を狙っていることに気付いたのだ。

(最初は、聖域だったこの場所自体の力を欲して来ているのかと思った。だが、違うらしい)

 もしかしたら、と克臣は杞憂であることを願いつつ振り返った。

「ユキ」

「何?」

「お前たち三人を囲う氷の壁を造ってくれないか?」

「壁を? どうして? だってあいつらは、この場所を狙っているんでしょう?」

「そう思っていた。いや、そうだったのかもしれない。だが今は……」

 最後まで克臣が言う前に、ユーギたちの悲鳴が上がった。二人が見れば、春直たちの横をすり抜け、黒い何かが真っ直ぐ晶穂に向かって飛んで来る。

「えっ……!?」

「晶穂さん!」

「ちっ。間に合わな……」

「――ッ」

 キンッ。金属音がして、魔物の一部が弾き飛ばされる。克臣の剣は間に合わず、ユキも魔力を使っていない。他の者たちもまた、目の前の魔物の相手で精一杯だ。

 それにもかかわらず、魔物を退けた。晶穂は目の前で揺れる紺色に近い黒髪を見つめ、弱々しく呟いた。

「……リン」

「晶穂、ただいま」

 顔色は良くないが、振り返ったリンは微笑んでいる。そんな彼の手に触れて、晶穂は小さく「ありがとう」と返していた。

「兄さん」

「ユキ、ただいま」

「病み上がりがすぐ動くなよ」

 憎まれ口をたたきながらも、ユキは泣きそうな顔で笑った。そんな弟に、リンも困ったように微笑む。

「悪い。でも、そうも言ってられないからな」

「同感。……あいつらが狙ってるのは、晶穂さんみたいだからね」

「えっ」

 目を瞬かせる晶穂とは対象的に、リンはユキの言葉に頷いた。

「そういうこと」

「でも、この場所の、聖域の力を発してるんじゃ……」

「それよりも、今目の前にある聖なる力に引き寄せられているんだ。……神子という、聖なる力に」

「あ……」

 そうか、と腑に落ちる。神子の力と銀の花の力は、よく似ている。その二つが揃い、更に片方がより強く発現しているとなれば、おのずからどちらに引き寄せられるかは明白だった。

 とはいえ、晶穂の力を制限するわけにはいかない。彼女の力は今、銀の花を咲かせるために必要不可欠だ。

「それはきみも同じだよ、リン」

「ジェイスさん……」

「そうだぞ、リン。お前もさっきまで倒れてたしな。それに、花には光の魔力も必要なんだろう?」

「克臣さん。……そうですね」

 ジェイスと克臣がリンの前に立ち、それぞれに微笑む。彼らの前では、団長であるリンも強くは出られない。特に、本気で案じていることがわかる時には。

「出来る限り、早く咲かせる。それしか方法はないだろ」

「きみたち三人しか、頼れない。……それまで、わたしたちが抑え込んでみせるよ」

 頼む。それは、仲間の信頼と覚悟。無尽蔵かと思われる魔物の出現に、彼らは臆したとしても立ち止まらない。何故ならば、仲間を信じているから。

「……晶穂、ジスターさん。やり切りますよ」

「うん」

「ああ」

 仲間の信頼は、リンたちの大きな力となる。三人は頷き合うと、より一層大きな力を花の種に向けた。

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