第704話 芽吹き
「……何度見ても、慣れないな」
「そうだね」
ざあっと風が吹く。
リンたちがやって来たのは、以前銀色の花畑が広がっていた場所。しかし今、その場所には掘り返されたような土と時間の経過によって申し訳程度に生えた草花がところどころ生えているにすぎない。花畑など何処にもない。
長い間、この場所は銀色が輝いていた。この世界の均衡を保つことに一役買っているという不思議な存在が花開いていたのだが、今やその見る影もない。 「この場所に、もう一度花畑を蘇らせるんだよね」
「ああ。……多分、そのためにやるべきことが俺にはわかる」
不安げに言葉を揺らす晶穂の後を引き取り、リンは花畑があった場所の前で右腕を前に突き出した。右腕に装着されたバングルが光り点滅を繰り返し、徐々にその点滅の間隔が短くなっていく。
「あっ」
見守っていた春直が小さく声を上げる。彼の視線の先で、バングルに嵌め込まれた石から十個の種が飛び出したのだ。
種は円状に浮かんでくるくると回り、徐々にそれぞれの間隔を広げていく。大きな円となり、花畑のあった場所の上に移動した。
リンは腕を前に突き出したまま、背後へと声をかける。このタイミングが、魔力を使うべき時だ。
「晶穂、ジスター。同時に魔力を使って欲しい」
「うん」
「わかった」
晶穂とジスターがそれぞれリンの左右に並び、魔力を解放する。
「阿形、吽形!」
ジスターの水流が阿形と吽形に形を変え、更に合わさってシンに似た龍へと姿を変える。龍は空を泳ぎ、枯れ落ちた大地に雨を降らせる。洪水にならない程度を加減し、カラカラの大地は充分な湿り気を帯びた。
晶穂の神子の力は、リンの光の魔力を補完しながら花の種を包み込む。空中で淡い光に覆われた種たちは、ゆっくりと湿った土の中へと溶けていった。
「後は、芽吹くのを待つ……だけ、だ」
「リン? ……え、リン!?」
どさり、と人の倒れる音が真横でした。晶穂が顔を真っ青にして、倒れたリンの傍に両膝をつく。ジスターも青い顔をして、何が起こったのかと目を丸くした。
「目を開けてよ、リン!」
「え……兄さん?」
悲鳴を上げる晶穂の様子に、皆ただ事ではないと集まり出す。ユキは毒を受けた当時のことがフラッシュバックし、瞠目して動けなくなった。
「ユキ……。おい、ジェイス。これ、どういうことだと思う?」
「……晶穂、神子の力をリンにも向けられるかい? 種にも必須だが、今までと同じ力がまだリンには必要だ」
「――っ、はい!」
涙を拭い、晶穂は両手のひらを仰向けに寝かせたリンの上に向ける。歯を食いしばり、真っ赤な目を閉じて集中する。勿論、芽吹くまでは種にも力を与え続ける必要があるため、全てを注ぐことは出来ない。
必死に力を使う晶穂を認め、克臣は「成程な」と眉をひそめた。
「試練ってやつは、種を全部集めることで終わったんじゃねえのかよ?」
「種が芽吹き、花を咲かせるまでが試練ということだろう。正直、ここまでやるかと怒りが湧いているけれどね」
「克臣さん、ジェイスさん。……どういうことなんですか?」
困惑の表情で問いかけたのは、春直だ。ジェイスと克臣が振り向けば、ユキを唯文とユーギが両側から支えている。
「春直、リンの中の毒を種が抑えていたのはわかるな?」
「はい」
「その種が、今あいつから離れたところにある。つまり、力は及ばない」
「え、でも……。種を全部集めたら、毒を抜けるんですよね?」
そうであって欲しいという願いが、言葉の裏に見え隠れする。春直の視線の先には、白に近い顔色のまま苦しそうに目を閉じているリンの姿だ。
リンの使命感の強さ故か、体からは光の魔力が種に向かって放たれ続けている。それが、自分を毒から守る力を弱めているにも関わらずだ。
克臣は春直の問いに、苦しげな顔で首を横に振る。その後を引き継いだのはジェイスだ。
「種を全て集め、花畑を取り戻すことが出来れば……ね。わたしもこれは想定外だったよ。種は土に植えなければ芽吹かない。そんな当たり前のことを失念していたとはね」
「――あ」
ことん、と腑に落ちた。春直は唐突に状況を理解し、拳を握り締める。
「……ぼくに、何か出来ることはありませんか? ただ見ているだけなんて、待つだけなんて出来ません」
「おれも同じです。魔力はないけど、何か!」
「克臣さん、植物を早く芽吹かせるには何をすれば良い!?」
「……それがわかれば、俺が誰よりも先にやってやるよ」
春直、唯文、そしてユーギが克臣に詰め寄る。しかし克臣自身も己の無力さを痛感しているため、言葉を絞る出すだけで精いっぱいだ。
「……」
年少組も、克臣が何を言いたいのかを察し、押し黙る。その間にも晶穂とリン、そしてジスターの魔力がその場を満たし、徐々に空気が変わっていく。
(必要な分の魔力が満ちて来ているな。後少しだと思うけど……リン、耐えろよ)
一行の中で最も魔力の強いジェイスは、ゆっくりと種が芽吹く準備をしている気配を感じていた。しかし、芽吹きとリンの限界のどちらが先に現れるかまではわからない。
リンの力で光が降り注ぎ、ジスターの力で適度な水分が与えられる。そして晶穂の力が加わることで人の優しい祈りと想いがプラスされ、種に大切な力を与えているのだ。
「……兄さん、負けるなよ」
ぽつりと呟いたユキは、ふらふらと兄の傍らに座り込む。そして、グローブに覆われた大きな手を両手で包み込んだ。
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