第703話 光の洞窟へ

 シンは一夜にして大陸を横断し、砂漠の果てにある光の洞窟の前までやって来た。途中睡眠を取るために六時間程休憩を挟んだため、実際に飛んでいた時間はそう長くない。リンたちは改めて、龍の飛行能力に驚かされた。

「着いたよ!」

「ありがとう、シン」

 乗り慣れたシンの背中から順に降り、晶穂が首元を撫でるとシンは気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 全員が下りて背中が軽くなったのか、シンはその場で軽く身をよじらせる。

「帰りも迎えに来る?」

「来てくれれば有り難いけど、いつになるかはわからないからな。一応、やるべきことが終わったらリドアスに連絡を入れる」

「わかった! みんな、いってらっしゃい」

「って、お前が先に去るんかい!」

 勢いよく突っ込みを入れたユーギに「あははっ」と笑いながら、シンはすぐに天高く飛び上がってしまった。数秒後には姿すら見えなくなり、改めて彼が本物の龍であることを思い知らされる。

「……さて、そろそろ行こうか」

 光の洞窟に。ジェイスの言葉を聞き、リンは振り返る。その視線の先に見えたのは、人工物ではないかと思われるような真っ白な岩で構成された洞窟の入口。内側の壁も白いものが多く、より奥に行くに従って景観の美しさを増していく。

 初めて光の洞窟に入るジスター以外は、全員が数度この洞窟を訪れている。目的地に至るまでの道筋には、彼らの戦闘の跡がまだ生々しく残っていた。

 開けた場所に出て、ジェイスがぽつりと呟く。

「このあたりは、流石にあの時のままだね」

「お前が暴れたからな、ジェイス」

「耳が痛いな」

 肩を竦め、ジェイスが少し痛そうに笑う。

 この空間で、ジェイスは過去と向き合った。生まれてすぐ両親を喪って養父母に育てられた彼だが、この場所で実の両親とその一族の悲しい運命を知ったのである。

「さあ、花畑はこの先だ。進も……」

「……ま、今は俺たちがいるしな」

「!」

 ポンッと肩に置かれた手に主を見れば、克臣が顔を赤くしてそっぽを向いている。

(全く、照れるならやらなければいいのに)

 そう思いつつも、ジェイス自身も自分が素直ではないことを知っている。そっと隣に手を伸ばし、若干力の調整をして親友の背中を平手で叩く。

「――いっ!」

「感謝しているよ、克臣。みんなにもね。ほら、行くぞ」

 わずかに顔が熱いことを自覚しつつ、ジェイスはその空間を最初に立ち去った。

 仲間たちは顔を見合わせ、小さく笑って後をついて行く。最近仲間になったジスターでさえ、そろそろこんなやり取りには慣れが生じていた。

「何があっても、お前たちは変わらないんだな」

「はい。きっとそれは、ジスターさんにも同じです」

 ぼそりと呟いたジスターの言葉を拾った晶穂が微笑むと、ジスターは目を丸くしてから「……そうだな」と応じた。

「もう少しだ。行こう」

「うん」

 一行は更に洞窟を奥へと進み、落盤などで足場の悪い場所もよじ登って突破した。シンの背に乗って外から目的地を目指すことが出来れば良いのだろうが、残念ながら外側からたどり着くことは出来ない。

「――ッ」

「リン!?」

「兄さん!」

 あともう少しで目的地に繋がる通路へと到着するという時、突然リンがバングルを押さえてうずくまった。驚きうろたえる晶穂とユキの袖を掴み、リンは「大丈夫だ」とかすれた声で言う。しかしその顔色は青白く、大丈夫だとは全く思われなかった。

「何処も大丈夫には見えないから!」

「そうだよ! 兄さん黙って」

「ちょっと、毒が暴れているだけだ。……くっ。今、種が頑張ってくれているから大丈夫」

「十個集めても、毒は抵抗して来るんだね。リン、手を貸して!」

「……?」

 リンが顔をしかめながら見上げると、晶穂が彼の手を握って座り込む。そして掴んだ手をそのまま自分の胸に抱き寄せた。

 思いがけない出来事に、リンは目を見開く。

「なっ」

「わたしも手伝う。――少しでも楽になるように」

 必死な晶穂は、自分がリンを戸惑わせていることには気付かない。淡く白い光が晶穂の体から発し、徐々にその光はリンへと流れて行く。神子の力をリンの体に流し込み、銀の花の魔力を手助けする。

「……」

「やっと顔色良くなって来た。全く、兄さんは無茶に頭突っ込みすぎ」

「そういう性分だ」

 頬を膨らませて腰に手をあてるユキに、リンはそれしか言い返せない。仕方ないなと肩を竦めた弟に例を言い、リンは未だ離されない手を見て苦笑した。

「晶穂」

「……」

「晶穂、助かった」

「……もう、痛くない?」

「今はな。晶穂とユキのお蔭だ」

「そっか、よかった。……ああっ、ごめんね!? すぐ離すから!」

 自分のこととなるといつも以上に取り乱す晶穂の様子がかわいくて、リンはくすぐったくも照れくさい気持ちになる。思わず緩みそうになる顔の筋肉を意思の力で妨げ、立ち上がった。

「時間を取らせてすみません。行きましょう」

「何処か痛くはないんだな?」

「はい。大丈夫ですよ、克臣さん。それに、この痛みももう少しで終わりになると信じていますから」

「そうだな、リン」

 リンの顔色は平時に戻り、落ち着いている。克臣たちもようやくほっとして、狭い通路へと進んだ。

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