第702話 タクシー

 リンが目覚めたことに気付き、仲間たちがわいわいと寄って来る。

 ジェイスは手のひらをリンの額にあて、ホッとした顔を見せた。

「熱はないね。お帰り、リン」

「熱って……。ただいま戻りました、ジェイスさん」

 子ども扱いされることに渋面を作りながらも、リンは本気で嫌がりはしない。手が温かいことに気付き見下ろせば、自分に比べて細くて白い指が重なっていた。

「ちゃんと戻ってきただろ、晶穂」

「信じてた。信じてたけど、すっごく心配したんだからね?」

「心配してくれてありがとう」

 わずかに震えている晶穂の手を掴み、リンは柔らかく微笑んだ。それを見た晶穂が笑みを返し、その場の雰囲気が一気に和やかになる。

「――こほん」

 話が進まないと見て、克臣が咳払いをした。それを聞き、リンと晶穂は慌てて居住まいを正す。

「まずは、きちんと報告します。最後の種、無事に手に入れました」

「ああ、さっき甘音が見せてくれたよ」

「俺が寝てる間に、ですね。ありがとう、甘音」

 リンが礼を言うと、甘音は「うんっ」と跳ねるように頷いた。

「それで、この種たちから花を咲かせないといけないわけです。光の洞窟に移動して、それで……」

 言葉に詰まったリンを不思議そうに眺めたユキは、そういえばと声を上げる。

「兄さん。さっき甘音が、花を咲かせるためには何か必要なものがあるっぽいことを言ってたよ。兄さんなら知ってるって」

「……知ってる」

 軽く目を伏せ、リンは何かを言い淀む。しかし仲間たちが待っているから、と顔を上げた。

「銀の花は普通の植物とは違って、水や日の光は勿論だけど、魔力が必要らしいんです」

 そうだろうと甘音に同意を求めると、彼女は頷いて応じた。

「魔力、か。魔力を含む水が必要ってなら、ジスターに力を借りれば良いだろ? 何か気になることでもあるのか、リン」

 首を傾げたのは、腕を組んで話を聞いていた克臣だ。彼に向かって、リンは「まあ、少し」と前置きをして話を続けた。

「ジスターさんには、手伝いをお願いしたいです」

「ああ、任せろ」

「ありがとうございます。……それから」

 リンの視線が、隣に座る晶穂へと向かう。きょとんとした晶穂が、自分自身を指差して首をひねった。

「わたし?」

「神木が言ったんだ。開花には『陽だまりのような温かな魔力が必要』なんだと」

「『温かな魔力』……」

「晶穂の『和』の力を借りたい。俺の『光』の力と合わせて、開花を促して欲しいんだ」

 真っ直ぐなリンの瞳の中に、目を見開く晶穂の姿が映り込む。晶穂は間髪を入れず、ふっと微笑んだ。

「いいよ。わたしにも、手伝わせて?」

「助かる」

 はぁ、とリンが息を吐いた。これで、開花への準備はほとんど整ったと言っても良いだろう。

 まとまったところで、唯文がぽつりと「凄いですね」と呟く。それを聞き取った春直が聞き返す。

「凄いって何が?」

「団長は、神木と話したんでしょう? ここではただの大きな木に見えますけど、意思があるんだって思ったら……ほとんど無意識でした」

「しんぼくはね、まいにちかたりかけてくれるよ」

「甘音」

 甘音はにっこり微笑むと、神木の堅い幹を撫でる。

「たくさんのことがみえていて、しってるから。できることよりできないことがおおいけど、いつもあんねいをねがってる。そういってる」

「……そうか。世話になったな、甘音」

 ぽん、と甘音の頭の上にリンの手のひらが乗る。その温かさに、甘音はこくりと頷いた。

「もういっちゃう……ううん、いかないとね!」

「また来る」

「そうだよ、甘音! また遊ぼう!」

 ユーギが甘音に飛びつき、仲間たちも笑みを浮かべる。だから甘音もまた、笑顔で見送る。

「うん、あそぼ!」

「レオラとヴィルアルトもその辺りにいるんだろうけど。よろしく言っておいてくれるかな」

「まかせて」

 トンッと胸を叩いた甘音に別れを告げ、リンたちは神庭を出て光の洞窟へ向かうことにした。

 その時、彼らの頭上を何かの大きな影が通り過ぎる。何かと見上げると、そこには本当の姿に戻ったシンがいた。

「シン!?」

「団長、みんなぁ! 神様たちの言ったとおりだったね〜」

「レオラたちが?」

 驚くリンに、シンは大きく頷いてみせた。

「少し前に、直接連絡があったの。もうすぐリンたちはここを出るから、タクシーにでもなってやれって。で、タクシーってなぁに?」

「……送り迎えしてやれってことだね」

 純粋な目で見つめられ、ジェイスは苦笑するしかない。タクシーなど、この世界には存在しないのだから。

 ジェイスの説明に、シンは「そっかぁ」と目を細めた。そして、高度を下げて森の中の広場に降り立つ。

「みんな、乗って! 光の洞窟まで、ボクが届けてあげる」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 いの一番に克臣が飛び乗り、他のメンバーも後に続く。全員が乗ったことを確認して、シンは翼を羽ばたかせて舞い上がった。

「しっかり掴まっててね!」

 そう言うが早いか、シンは一気に速度を上げた。甘音が見上げる中、数秒で視界から消えてしまう。

「……行っちゃった」

「流石は、古来より封印されていた龍だな。あの頃は封じるしか手がなかったが、今の時代まで眠っていてよかったのかもしれないな」

「レオラさま! ヴィルアルトさまも」

 振り返ると親代わりの二人がいて、甘音はパッと目を輝かせる。

 しがみついてきた甘音を抱き留め、ヴィルアルトは隣に寄り添う夫に微笑みかけた。

「あの子たちならば、大丈夫ですね」

「……さあ、どうかな」

 どうかなと言いつつ、レオラの口元は柔らかく緩んでいる。あえてそのことには触れず、ヴィルアルトは甘音の髪を撫でていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る