第700話 最終試練
アルファ曰く『実技試練』を終え、リンは促されるままに神木の幹に触れた。すると前触れもなく、不思議な感覚に陥る。
「何だ、これ……?」
触れた手、そして腕に何かが絡みついていく感覚だけがある。見た目には何も変わらず、リンの顔に戸惑いだけが見えた。
しかし、リンの隣に立つ甘音には見えていた。薄緑色の光を放つ半透明の枝が、リンの腕に絡み付いている様子が。決して締め付けず、数ミリ浮かせて腕に、そして体にと伸びて行く。
「あ、甘音……これは……」
「だいじょうぶ。いまね、しんぼくがリンおにいさんのことをしらべてるの」
「調べている?」
「そうだよ。ほんとうにたねをわたしていいひとなのか、そうじゃないのか。おにいさんのこれまでとこれからをみとおして、はんだんするの」
「……つまり、神木には未来が見えるのか?」
「ぜんぶじゃないよ。みらいはいちびょういないにそのほうこうせいをかえてしまうから、みちすう。だからみえるのは、いまのおにいさんのみらいのかけらだけ」
手を離したら駄目だよ。甘音にやんわりと注意され、リンはごくりと喉を鳴らして不思議な感覚が去るのを待った。
(神木が、俺の過去と未来を見ているのか)
甘音の説明によれば、今リンの体は半透明の枝に覆われているらしい。特にバングルの周りには枝が多いらしく、神木が花の種のありかを覗いているかもしれなかった。
「……は?」
その時、リンの耳に何かが聞こえた気がした。手を離すわけには行かないため、首を左右に巡らせる。しかし、甘音がいるだけで他には誰もいない。
リンがキョロキョロするのを見上げ、甘音が首を傾げた。
「どうかしたの?」
「いや、何かが聞こえた気がしたんだ」
「……もしかしたら、きのこえかも」
「木の声?」
問い返すと、甘音は「そう」と首肯する。
「しんぼくが、リンおにいさんとはなしたいのかも。それか、つたえたいことがあるのかもしれないよ」
「伝えたいこと……」
リンは再び木の方を向き、そっと耳を幹に押し付けた。物理的な距離が関係あるのかどうかはわからなかったが、そうすべきだと直感的に思ったのだ。
果たして、その試みは吉と出る。甘音が「木の声」と称したそれが、より明瞭に聞こえるようになったのだ。
「……」
『――求める者よ。この声が聞こえますか?』
「ええ、聞こえます」
聞こえてきたのは、妙齢の女性のような落ち着いた声色。リンが応じると、ほっとしたような安堵の声が返って来た。
『そうですか。……貴方は仲間と力を合わせ、合計九つの種を集めてきましたね。私が渡せばすべてそろうことになりますが、最後に一つ問いましょう』
「……」
『十の種を手に入れ、花を咲かせることが出来れば一つだけ願いを叶えることが出来ます。貴方たちの願いはもう知っていますが、どうやって花を咲かせるかをご存じですか?』
「いいえ。種を植え、水を与えて日の光を浴びさせるだけではいけないのですか?」
通常の植物ならば、時期を間違えなければ基本的な世話をすれば花が咲く可能性は高い。リンはそれを思い浮かべ、神木に答えてみた。
すると神木は、言いづらそうな気配をまとって言葉をリンの頭の中に流し込む。
『普通の種ならば、それで十分です。しかし、銀の花は世界のバランスをも支える奇跡の花。大量の魔力が、それも暖かな陽だまりのような魔力が必要です』
「『暖かな陽だまりのような魔力』……」
それは一体、どんな属性の魔力なのだろうか。押し黙ってしまったリンに、神木は「例えば」と大きなヒントをくれた。
『属性で言えば、『光』や珍しいところでは『和』でしょうか。銀の花畑周辺には川がありませんが、『水』にも手を貸してもらえれば良いですね』
「……あの、俺の仲間を見て話してます?」
『それもありますが、花の種が発芽するのに必要なのは間違いありませんよ』
あまりにも、神木の例えが身近にある。リンが思わず尋ねると、神木は笑ってそう言った。
リンは小さく苦笑すると、手のひらを幹につけたままで「わかりました」と応じる。
「俺には頼れる仲間がいますから、あいつらに手伝ってもらいます」
『それでこそ、ですよ』
ふわり、と頬を撫でる風を感じた。リンが「はい」と返事をすると、ゆっくりと体にまとわりつく感覚が薄れていく。
『今ここで貴方にかけられた呪いを解くことは出来ませんが、貴方方の願いが叶うこと、そしてこの世界の均衡が保たれることを願っています』
「……ありがとう、ございます」
神木が沈黙すると、リンは体がふっと楽になった気がした。呪いを解くことは出来ないと言われたが、少し力をわけてくれたのかもしれない。
手を幹から離し、リンはしばし神木を見上げた。そんなリンを、甘音が見上げて声をかける。
「おにいさん?」
「ああ、放置してごめんな」
「だいじょうぶだよ。おはなしはぜんぶきこえていたし……あ、リンおにいさん」
「何だ?」
「バングルのいしのなか、たしかめてみて」
「バングルの中?」
どうやって見ろと言うのか。リンは一先ず、バングルをはめた右手を日に透かすように掲げてみた。
すると、突然石が輝き、何かが浮き上がる。
「これは……!」
リンの目の前に現れたのは、十個の花の種だ。同心円状に並び、くるくると回っている。
「……十個ある」
「おめでとう。しんぼくが、リンおにいさんをたねにふさわしいってみとめたんだよ」
「……そっか、よかった」
心底ホッとして、リンは少しだけ肩の力を抜いた。しかし、ここからもう一つ段階を踏まなければならない。
神木に触れ、一言「ありがとう」と呟く。それから甘音の方を向き、リンは目を細めた。
「帰ろう、みんなのところに」
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