第699話 実技試練

 スカドゥラ王国の城では、意気消沈したベアリーが仕事での小さなミスを積み重ねているという噂がたっていた。噂というよりも、現場を見た役人や下働きの人々が酷く案じているのだ。

「ベアリー、一日くらい有給を取れ」

 それは、様々なところから噂と情報を得て来たメイデアの一言だった。ある昼下がり、ベアリーが持っていた書類の束を落とした直後のこと。

 メイデアの言葉に、ベアリーは書類を拾おうとする姿勢で硬直した。そしてゆっくりと上半身を上げ、メイデアをまじまじと見つめる。

「……今、何とおっしゃいましたか?」

「一日休みをやるから休めと言った。お前が疲れていることは明白で、その原因は私が作ったようなものだ。一日、仕事を忘れて過ごして来なさい」

「そんな、陛下! 私は、仕事を失した者です。ほの失敗を取り戻すために働くことは、私の務めでありやるべきことです」

「そんなに仕事人間にした覚えはなかったんだが……。私のことを思ってくれるのも嬉しいが、私はお前自身を大切に思って欲しい。この意味、わかるか?」

「……陛下」

 その後も押し問答を繰り返したものの、ベアリーは翌日休みを取った。メイデアには仕事を忘れるよう厳命されたが、どうしても自分たちを大敗させたあの集団のことが気になって情報網を使って調べさせた。そして、彼らが『銀の華』と名乗る自警団だ実態と共に知るのだ。




 一方、リンとアルファたちの戦いは佳境を迎えていた。互いに消耗し合う時間が流れ、決定打を撃てずにいる。

「……はぁ、はぁ」

 呼吸を整え、唇を引き結ぶ。リンは突進して来たシマリスの尾を斬ろうと、タイミングを見計らった。

 ブンッと勢い良く振られるシマリスのしっぽ。それはプロ野球投手の投げる剛速球に似て、あたればひとたまりもない。

 今までならば、躱すところだ。しかしこれ以上の平行線は、自分の体がもたないこともわかっている。

「くっ!」

 リンはしっぽを躱さず、自分も剣を振り抜く。一か八かだが、シマリスのスピードを利用して切断してやろうという策だった。

 狙い通り、刃がシマリスの尾に入った。しかし完璧に狙い通りとはいかず、尾の半分程のところで真っ二つに斬れる。

「――っ!?」

「実体はないから痛くはないんだろうが、違和感はあるよな!?」

「シャーッ」

 しっぽを斬られたシマリスは、威嚇の声を上げて鋭い牙を露わにした。しっぽが半分なくなったことでバランスを取りづらいのか、走るスピードは決して速くはない。

 しかし怒りに任せた動きは予測が難しく、更に狐と兎の動きにも注意を払わなければならずに難易度が増したかに見えた。

「……はあっ!」

 光の魔力を刃に乗せ、リンは目の前に突進して来た狐に斬撃を浴びせた。

 真正面から攻撃を受けた狐は、躱すことが出来ずに後ろに吹き飛ばされて横転する。狐が立ち上がる前に、とリンは第二波を放った。

 更にリンは、後ろから飛び掛かってきたシマリスを躱す。スピードに乗りつんのめったシマリスの背中を蹴りつけ、畳み掛けてきた兎の後ろ足を狙って回し蹴りを炸裂させた。

「……すっごい」 

 ぽかんと口を開けた甘音が呟き、それを耳にしたリンがニッと笑ってみせる。

「ここで時間をかけてはいられないんだ。仲間が待ってるから」

 鮮やかに着地したリンの後ろで、シマリスと狐が倒れ伏す。戦闘不能を示すのか、それらの体がもとの大きさに縮んだ。

 リンは倒れた二頭に立ち上がる気配がないことを知ると、最後の一頭、うさぎに意識を集中させる。

「あと一頭」

「うさぎさん、お願いね」

 甘音の声援に、巨大うさぎは大きく跳躍して応じた。巨体が跳ね上がり、大きさを活かしてリンの上に降って来る。踏み潰そうという魂胆だ。

「――来い」

 リンは再び魔力をまとわせた剣を握り、真っ逆さまに落ちて来るうさぎを待ち構える。うさぎもただ落ちるだけでなく、指の爪も伸ばし太くして襲い掛かった。

「――ッ!」

 爪の一部が二の腕の外側に触れ、肌が切れて血が噴き出す。怯みそうになるリンだが、それよりも白銀のうさぎの瞳目掛けて剣を振るった。

「はあぁぁぁぁぁっ!」

 ブンッという空気を斬り裂く音と共に、うさぎが吹き飛ばされる。ドッと音をたてて地面に打ち付けられたうさぎもまた、もとの大きさに戻った。

 更に三頭同時にポンッと音をたてて姿を消し、周辺は静けさに包まれる。リンはほっと息を吐き、同時に左の二の腕に激痛を感じて片膝をついた。

「つっ……」

「大丈夫、リンお兄さん?」

「ああ、ありがとう。これくらい、魔種の治癒力ですぐに治る。それより、今は大事なことがあるから」

 リンは右手でしゃがんだ甘音の頭を撫で、立ち上がる。軽く周囲の気配を探ったが、新たな戦意の気配はない。

「甘音、十番目の試練は」

「うん、これでじつぎはおしまいだよ。あとは、しんぼくがはんだんするんだ」

「神木が」

 見上げれば、神木がさわさわと風に葉を揺らしている。何の動きもなく不安に駆られた時、甘音がリンの右手を取った。

「リンおにいさん、みきにふれてみて?」

「木の幹に……?」

 促されるまま、リンは神木に触れた。そして、突如不思議な感覚に襲われる。

「これは……!」

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