第698話 再戦
神木の虚が入口となった空間に入り込んだリンは、仄暗い道をただ真っ直ぐに歩いていた。周囲には遮るものが何も無いように見えるが、手を伸ばせば壁がある。透明な壁に囲まれた真っ直ぐな道を、ただ促されるままに歩いているという印象だ。
(気配は感じる。だが、何処まで歩けば良いんだ)
何かがリンを手招いている。しかしその手の主は姿を見せぬまま、時間の感覚も
「……っ」
突然、ズクリと心臓付近が痛んだ。一瞬の出来事だったが、リンは顔をしかめて片膝をつく。ゆっくりと呼吸を繰り返せば、バングルの中の九つの種が温かな力を発していることがわかった。浮き出した冷汗を拭い、息をつく。
「……なるほどな。毒に侵されているのは、体の表面だけじゃないってことか」
右のグローブを取り、リンは自分の素肌を見る。指先まで幾何学模様に似た痣に覆われており、これを年少組や晶穂に見せなくてよかったと安堵した。
(九つの種を集めて、かなり呪いは力を弱めたと思っていたけど……そうでもないらしい)
徐々に進行していく病のような呪いだが、あと一つの種を手に入れれば解呪が可能になる。この旅を始めてから、あと六つ、あと五つとカウントダウンをしてきた。それも、あと一つのところまで来ている。
油断をすれば、今までのすべてが水の泡となる。リンは何度目かわからないほど引き締めて来た気を再び引き締め、再びグローブをはめた。
「ここは……」
どれくらい歩き続けたのかわからない。ぼんやりと明るくなって来た方向へ足を向け、出口へと踏み入れる。そこでリンを待っていたのは、現実世界にある神庭によく似た場所だった。巨木がそびえ立ち、その周りには広い草地が広がっている。
「……」
リンは警戒を強めながら、ゆっくりとその草地を中央へ向かって歩いて行く。生き物の気配は感じられないが、守護の強い魔力を肌に痛い程感じた。
(甘音の様子からして、最後の種の守護はあの神木だ。その虚の中に再び木が立っているってどういう状況なんだ?)
巨木の目の前までやって来たが、何かが起こる気配はない。リンは緊張しつつ、そっと神木の幹に手をかざした。
すると、何かが指先から駆け上がって来る感覚がある。驚き手を引っ込めたくなったが、我慢してリンは手をかざし続けた。
「……あなたが、守護なのか?」
問いかけると、そうだとでも言うように木の葉が揺れた。更にリンが問いかけようとした時、彼の肩を誰かがぽんっと叩く。直前まで何の気配も感じていなかったリンは、驚き勢いよく振り返った。
「きみは……」
「ひさしぶり、なのかな」
小さな兎、狐、そしてシマリスがしっぽや耳を柔らかく振っていた。彼らの真ん中には、守護の一つの姿であるアルファが笑って立っている。古来種の里近くの森で出会った少女がいることに、リンは心から驚く。
「アルファ……」
「おぼえててくれたんだ、うれしいな」
「忘れるわけないだろう。でも、どうしてここに」
「それはね」
ととと、とアルファたちはリンから距離を取る。くるりと体ごと振り返ると、ニコニコしたままで両手を広げた。
「ここは、わたしのまもるところからちかいから。しんぼくによばれたの。じぶんのかわりに、リンにしれんをあたえるようにって」
その代わり、とアルファは微笑む。
「しんぼくがちからをわけてくれるから、まえみたいにはいかないよ?」
「……そういうことか」
どうやら、最後まで戦わなければならないようだ。しかも、見た目はこんな幼子と。
(常識から考えれば、この対戦カードはおかし過ぎるだろ。……でも、こんなに目を輝かせられたらな)
リンの目の前にいるアルファは、やる気充分だ。頼まれたと言うが、自ら志願した可能性もなくはない。兎たちも鼻息荒く、そして楽しそうに見えた。
リンは腹をくくり、アルファの前で剣を抜く。
「……アルファ、里のみんなは元気か?」
「うん! みんな、げんきだよ。クロザが、リンとてあわせしたかったってざんねんがってた」
「そうか」
ここにアルファがいるということは、彼女は消えていないということだ。更に里の人々ともうまくいっているらしく、リンは安堵する。
だから、とアルファが続けた。彼女の前に立つ三匹の獣の体が輝き、巨大化していく。
「クロザたちのぶんも、わたしがぜんりょくでいくよ!」
「お手柔らかにな」
挨拶を交わした瞬間、巨大なシマリスのしっぽが上から襲いかかって来た。リンは軽い身のこなしでそれを躱したが、ドシンというシマリスからは普通出ない音が響き、地面にひびが入る。
しっぽから着地し、シマリスはそれをバネにして立ち上がった。
「シマリスさん、がんばって!」
「一撃が重いな。……おっと!」
シマリスだけではない。巨大化した兎が回し蹴りを繰り出し、続けて狐が音もなくリンの背後に近付き押し倒そうとする。
リンはそれらを躱し、剣で牽制して乗り切った。勿論それで終わるはずもなく、こちらからも仕掛けなければならない。
入れ代わり立ち代わり襲い掛かって来る獣たちの間を縫い、リンの剣が光を宿した。
「――行くぞ」
呼吸を整え、リンは自分のタイミングで地面を蹴った。
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