第697話 待ち人たち
晶穂たちは、克臣と春直に一戦を任せてリンを追っていた。途中、植物らしからぬ動きをする木々に翻弄されながらも、リンの魔力の軌跡を辿る。
突然横から飛び出して来た枝を間一髪で躱し、ユキは思わず息をつめる。
「――っ、すっごく邪魔される!」
「こんなに枝も根っこも動かされるなんて……!」
「これも試練の一つ、かな!?」
足をすくおうと跳ね上がった根を跳んで避けたジェイスは、その勢いのままで顔に飛んで来る根をナイフで割いた。
「……斬れば、それ以上追って来ないみたいだね」
「とはいえ、植物を斬るのは気が引けます」
晶穂はそう言って肩を竦めるが、全力でぶつからなければいけないこともわかっている。そうしなければ、認められることはない。
先頭を走っていた唯文が、前を塞ぐ
「これだけ邪魔されるということは……」
「わたしたちの進む方向が間違っていないということだね」
再び集まり始めた蔦の先に小さな矢を突き立て、成長を止めたジェイスが微笑む。成長を止められても蠢き新たな芽を伸ばそうとする蔦を、今度はユキが凍らせて動きを止める。
「こんなところで、立ち止まるわけにはいかないよ。早く兄さんのところに行かないと」
「そうだね。リンなら絶対大丈夫だけど、傍にいたいもん」
柔らかく微笑んだ晶穂は、ふと三人の表情に気が付いた。にやにやとしている彼らに、晶穂は自分がとんでもないことを口走ったのだと気付く。
「あっ、その……」
顔を赤くして、三人から見えないように背ける。そんな晶穂を見て、ジェイスは癒しを覚えながら慰める。ちなみに、今この瞬間も襲って来る枝や根を百発百中で射るという偉業を行っているのが彼だ。
「少し離れてしまったからね。もう少しだけ、我慢してくれ。……ユキもね」
「ぼ、ぼくは寂しくなんてない!」
「ユキ、ジェイスさんはそこまで言ってないぞ?」
「あっ」
両手で口を塞ぎ、ユキは「何でもない!」と照れ隠しに進行方向に巨大な氷柱を投げた。その氷柱は真っ直ぐに飛び、蔦を切り裂き凍らせて道を作り出す。
パキパキと植物を凍らせることで作られたアーチを通り、晶穂たちは更に森の奥へと足を踏み入れる。徐々に空気が神聖さを帯び、緊張感が出て来た。
「この先に……」
浮足立ちそうになる自分の足を地につけ、晶穂は意を決してその場所に入る。木々の間を通り抜けた先には、ピンと張り詰めた空気の中にたたずむ三人の姿があった。
「ユーギ、ジスター……」
「あ、ジェイスさん! ユキと唯文兄、晶穂さんも」
「来たか」
名前を呼ばれたユーギとジスターが、目に見えてほっと肩の力を抜く。その様子がおかしくて、ジェイスはふふっと笑った。
「よかった、二人共無事だね。……あれ?」
きょろきょろと周囲を見渡したユキが顔をしかめる。彼と同様に気付いた晶穂は、神木の傍に立つ甘音の前に膝をつく。少女と同じ目線の高さ、もしくは少しこちらが見上げるくらいに高さを調節して尋ねた。
「甘音? あの、リンは一体……」
「今、十番目の試練に挑んでるよ。この向こうで」
「この向こうって……木の?」
「そう。神木の中に別の場所と繋がる道があって、種がリンお兄さんを呼んでるの」
「呼んでる……」
晶穂が見つめても、神木の幹には小さな虚が空いているだけだ。そこに人が通れる穴が空いていたとは思えない程小さいが、神庭で嘘を言っても始まらない。
「ねえ、甘音」
「なに?」
「この木の向こうに、リンがいるんだよね」
「そうだよ。でも、試練には一人で挑まないといけない決まり」
だから、誰も手助けは出来ない。甘音の言葉に、晶穂は頷く。
「そうだね。……神木に触れても良い?」
「いいよ?」
「ありがとう」
甘音の許可を得て、晶穂はそっと指で神木の幹に触れた。凸凹が多くざらついた感触の中に、確かな生き物の温かさを感じる。
晶穂は手のひらを木の幹につける。そして深呼吸をし、目を閉じて願った。
(待ってるよ、リン。必ず、帰って来て……!)
ぎゅっと晶穂の眉間にしわが寄るのを見て、甘音が彼女の手のひらに自分のものを重ねる。そして晶穂が何をしているのかを知った仲間たちも、それぞれにリンの無事と目的の達成を願い確信した。
晶穂たちの様子を離れた場所から眺めていたヴィルアルトは、無意識に胸の前で左右の指を組む。彼女らの真剣な気持ちがヴィルアルトまで伝わって、そうさせたのだろう。
「ヴィル」
「レオラ、来ていたの」
いつの間にか現れた夫に、ヴィルアルトはふわりと微笑んでみせた。
レオラはヴィルアルトの肩を抱き、神木の周りに集う銀の華のメンバーたちを見下ろす。彼らのいる場所はレオラたちの魔力によって目眩ましが施されており、下から見付けることは出来ない。
「あの子たちならば、大丈夫よね」
「ここで終わるというのなら、それまでというだけの話だろう。こちらの見る目もなかったのだと思うより他はない」
淡々と言うレオラだが、その瞳に諦めの色はない。憎まれ口を叩くが、彼も自分と同様に銀の華を気に入っているのだとヴィルアルトにはわかった。
「私も守護の真似事をしたけれど、それもあれでおしまい。……あと一つ、必ず手に入れてね」
「……」
レオラとヴィルアルトが見つめる先で、神木が自然な風に枝葉を揺らした。
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