第696話 神木との戦い

 甘音が神木の前に立つと、木も気持ちが高揚したのかぶるりと震えた。木に意思があるとも枝に神経が通っているとも思えないが、そう見えるほどには、木の葉が賑やかに揺れている。

「最後の試練ってことは、やっぱり守護は甘音なのか?」

「わたしというか、わたしは代理みたいなものだよ。……本当は、リンの体のことを考えるとすぐにでも渡してあげたいんだけど」

 ごめんなさい。甘音に殊勝に謝られ、リンは軽く首を横に振る。

「それが役目だろう? それに、必ず手に入れるから大丈夫だ」

 全力で来て良い。リンがそう言って微笑むと、甘音は真剣な顔で頷く。

「わかった。じゃあいくね、お兄さん」

 甘音はトントンと数歩下がると、神木に手をかざした。すると、突然神庭の空気が変わる。

「何、この気配は……?」

「……」

 ユーギが体を震わせ、不安げに周囲を見渡す。その横にいたジスターが、無言で少年の肩を抱き寄せる。

 リンは二人を横目にしながら、空間の振動を感じた。地面は揺れていないが、空気が揺れているのだ。何が起こっているのかと揺らす力の出どころを探すと、甘音が触れる巨木へと目が吸い寄せられた。

「……なるほど。守護はこの神木か」

「その通りっ」

 甘音の全身が白い光を放ち、その光が巨木を登っていく。そして枝葉に到達し、神木の力が増幅される。

「いきます!」

 子どもらしいその高い声と共に、神木が数本の枝を鞭のようにしならせ伸ばす。足をすくわれそうになり、ユーギが「おっと」とたたらを踏んだ。

 勿論、追撃はそれで終わらない。ぐんと伸ばされた枝がジスターよ手首を捕らえ、引きずり倒そうとする。

「ぐっ……。強い」

「ジスターさん!」

 リンが素早く近付き、剣で枝を両断する。手が自由になり、ジスターはその場を飛び退いた。斬られた枝が神木へ戻っていく。

「助かった、リン」

「はい!」

 明るく返事をし、リンはその勢いのままで神木へ襲い掛かった。

 当然、神木は斬られたのとは別の枝を伸ばして応戦する。鋭い枝の先を突き付けられ、弾いても弾いても繰り返されていく。

「……近付けない」

「阿形、吽形!」

 リンの目の前を、二頭の魔獣が駆けて行く。彼らはリンの進路を阻む枝を、片っ端から弾き飛ばす。

 驚くリンをけしかけるように、ジスターは前を向いたままで叫ぶ。

「今だ、行け!」

「ありがとう」

 感謝もそこそこに、リンは神木へと突っ込んで行く。進路を妨害しようとする枝葉は、全て先回りした魔獣たちが粉砕する。それでも追い付かない咄嗟のものは、すばしっこいユーギが蹴り折った。

「ぼくだってやれるからね!」

「頼りにしてるぞ、ユーギ」

 リンが鼓舞すると、ユーギは「任せとけ!」と笑って魔獣たちと連携する。吽形の背中に乗せられ、阿形に飛び移る姿は、さながら物語の八艘飛びだ。跳ぶ間にも枝を蹴り、踏み折ってリンを援護する。

「阿形、吽形。ユーギを落とすなよ!」

「大丈夫だよ、ジスターさん!」

 ジスター自身も己の水の魔力でリンを援護し、更にユーギたちを落とそうとする枝葉から彼らを守る。水流は圧力で枝に押し負けず、更に舞い踊る木の葉も巻き込み流れて行く。

 二人と二頭の援護を受け、リンは最小限の傷で甘音の待つ神木の傍に辿り着いた。神木の傍には、流石に自身の攻撃を届かせることはないらしい。やけに静かなその小さな空間で、リンは甘音と向かい合った。

「……」

「……」

「……やっぱり、早いね。晶穂お姉さんとかの姿はないけど、置いてきちゃったの?」

「置いてきた、というと語弊があるかもな。任せてきた。それに、すぐに追いついて来るよ」

 甘音はそれを聞くと、目を閉じて意識を集中させた。すると、リンの言う通りの戦況を感じる。瞼を上げ、甘音は笑った。

「――ほんとだ。あっちも倒されちゃったみたい。みんな強すぎるよ」

「俺の仲間だから」

「そうやって断言出来るの、素敵だよね。……だから、リンお兄さんに種の最後の試練を与えるよ」

 甘音は言葉を切ると、神木に手をかざす。すると姫神の力を受けた木が鳴動し、リンの目の前に大きなうろの口を開けた。

「これは……。入れってことか?」

「うん、そうだよ。種は、この先にあるの」

 中へは一人で。甘音に指示され、リンは頷くと歩き出した。

「団長!」

 呼ばれて振り返れば、阿形にまたがったユーギが手を振っている。リンも振り返し、メガホンのように口元に手をあてた。

「ここは頼む。そろそろ晶穂たちも来るだろ。待っててくれ」

「わかったよ」

「ちゃんと帰って来いよ」

「勿論」

 ジスターが少しだけ不安そうに瞳を揺らすのがおかしくて、リンは口元を緩ませる。しかしすぐに表情を引き締め、異空間の入口に入り込んだ。




 同じ頃、克臣は狼を倒し一息ついていた。体は狼の牙やフクロウの爪で傷だらけだが、最後に立っていた方が勝ちなのだから問題はない。

「春直、そっちは?」

「ぼくも、終わりました」

 フクロウの上に馬乗りになっていた春直が微笑むと同時に、倒れていたフクロウが消える。ペタンと地面に座り込んだ春直は、ゆっくり立ち上がると克臣の横に移動した。

「団長たち、大丈夫でしょうか?」

「甘音がどんな試練を用意しているかによるが……あいつのことだ、何とかするだろ」

「ふふ。団長は、やると決めたことはやりますもんね」

「そういうことだ」

 克臣の傍に倒れていた狼も消え、辺りは静けさに包まれる。耳を澄ませても、それ以上何かが襲ってくる気配はない。

「春直、みんなを追うぞ」

「はい!」

 怪我の治療は、後でまとめてやれば良い。晶穂が聞けば顔をしかめそうなことを言い、二人は森の奥へ向かって駆け出した。

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