第695話 狼とフクロウ

 新たに現れた狼とフクロウは、今までの守護と同じく真っ白な見た目をしている。フクロウは滑空して晶穂たちの頭上を通り過ぎたが、狼は目の前で素手の克臣に飛び掛かった。何も得物を持たないようにみえる彼が襲いやすい、と考えた末かもしれない。

「けど、甘いんだよな!」

 克臣は狼を躱し、その横腹に左足での蹴りを見舞う。ギャッと悲鳴を上げた狼に、更にくるっと回ってから更に右足でと構えたが、目の前をフクロウに遮られて着地した。

「援護か」

「当然だよね」

 ジェイスは苦笑をにじませ、標的を変えた狼の突進を正面から受け止めた。咄嗟に出した気の力のナイフの刃に狼が噛みつき、ジェイスを振り回そうと首を振る。しかしジェイスも踏ん張るため、力は拮抗し状況は硬直してしまう。

「……っ」

「援護します、ジェイスさん!」

 そう言うと、春直は操血術で創り出した血色の縄を掴みもう片方を投げ、後ろから狼を捕らえようとした。

 狼は春直の意図に気付き、ナイフを口から離して飛び退く。春直の作戦は失敗したが、ジェイスを自由にするという本来の目的は果たされた。

「よしっ」

「ありがとう、春直。助かった」

「はいっ」

 ジェイスに礼を言われ、春直は嬉しそうに耳を立てた。しかしその無邪気な表情は、すぐに真剣なものへと変わる。

「こいつらを突破しないと、団長たちに追い付けないですよね」

「そのようだね」

「……ま、全員であたる必要もないだろ」

「克臣さん?」

 晶穂が問い返すと、克臣はニッと笑って仲間たちの前へ出る。大剣を肩に担ぎ、正面を見据えた。

「ここはかっこつけさせろよ」

「一人で? 流石に危険だ」

 難色を示すジェイスの横で、春直がパッと手を挙げる。

「ぼくも残ります!」

「春直!?」

「……わかった。だけど、時間をかけずに追い付いて来るんだよ」

 驚く晶穂の肩に手を置き、ジェイスが克臣と春直が残ることを了承した。二人は凛と微笑むと、早速唯文に襲い掛かろうとするフクロウを阻む。

 克臣が大剣の腹をフクロウの腹に寸止めし、春直の操血術がフクロウの翼を捕らえた。

 一瞬の出来事に、唯文は驚き目を見張る。思わず固まってしまった彼の背中を押し、春直は「今のうちに」と叫んだ。

「唯文兄、行って!」

「――わかった。またあとで!」

 唯文が駆け出し、彼に晶穂とユキ、ジェイスがついて行く。

 ジェイスはちらりと後ろを振り返って克臣と視線を交わすと、すぐに晶穂たちを追った。それ以降は立ち止まることも振り返ることもない。

「――さて」

 克臣もジェイスたちの足音が遠退いたところで、大剣を振り抜く。

 フクロウはそれを躱そうと飛び上がり、間一髪で直撃を免れる。しかし尾羽の先が本体の身代わりとなり、克臣の目の前で不格好になった尾をさらす。一部千切れてしまった尾羽は痛々しいが、本人は何も気にしていないのか、音もなく滑空してその場を退いた。

「あれくらいじゃ引いてくれないみたいだな」

「ですね。……手早く済ませないといけないです」

「だな」

 オッドアイの瞳が煌めき、赤い光が春直を包む。

(こいつも怯えなくなってきたな)

 後輩の成長に感嘆しつつ、克臣は愛剣を一度振るって切っ先を二頭の敵に向けた。




 一方、先頭を行くリンとユーギ、ジスターは神庭の最奥部に近付いていた。相変わらず森が続いているが、少しずつ陽の光が入りにくくなっている。鬱蒼とした森という雰囲気だ。

「団長、どう? 近付いてるのかな」

「ああ。……少しずつだけど、気配が濃くなってる。呼ばれている感覚はあるな」

「なら、合ってるってことだな」

 ジスターの言葉に、リンは「そういうことだ」と頷く。ユーギのごくんと喉を鳴らす音が聞こえる程には静かな森の中、三人は慎重に足を進めた。

「……こっちだ」

 道なき道の中、リンは迷うことなく歩いて行く。ユーギとジスターは彼に素直について行き、やがて開けた場所へ出た。

「ここは、あの木のある場所?」

 それは、神木だった。永遠に枯れない青々とした葉を繁らせ、地面に深く根を張る木。それは、現世の全てを支えるものだとも言われている。

 巨木の下には、四季を問わない花々が咲き乱れていた。名もなき草も生い茂り、芝生のようになっている。

 この場所にリンたちが足を踏み入れたのは、初めてではない。ジスターはただ一人経験を持たないが、彼もまた以前初めてここを訪れたリンたちと同様に、この場所の神聖さに言葉を失っている。

「美しく、張り詰めた場所だな」

「ああ、そうだ。ここは神庭の最も重要な場所の一つで、姫神たちが住まう区域なんだ」

「姫神? 何だ、それは」

「神の代弁者とか、そんなイメージだな。人の中から選ばれて、ながい時を人の世を見守って過ごす人のこで、今は俺たちの友人が務めているんだ」

「友人? それはどういう……」

 どういうことか。ジスターが尋ねるより前に、神木が大きくざわめいた。風が強く吹いたわけでもないのに、ざわざわと木の葉が騒がしい。何事かと三人が周囲を見渡していると、すぐ傍で少女の「くすくす」という笑い声が聞こえてきた。

 リンが見下ろすと、姫神となった少女は見上げてきて目が合う。

「……甘音、久し振りだな」

「うん、お久しぶりです。リンお兄さんも、元気そうだね」

「わあっ、甘音だ」

「ユーギくんも久し振り。……えっと、そっちの人は?」

 リンとユーギとの挨拶を終えた甘音が、初対面のジスターを見上げて首を傾げる。ジスターもどうしたものかと硬直し、微妙な空気が流れた。その奇妙な雰囲気を断ち切ったのは、呆れ顔のリンだ。

「甘音、そっちは俺たちの新たな仲間であるジスターさんだ。それで、ジスターさん。こっちは甘音。さっき話した姫神だけど、なったのはごく最近だ」

「リン、オレは何度か呼び捨てで良いと言っている気がするんだが……まあ、良い。甘音、か。初めまして、甘音。オレはジスターといって、最近銀の華に入ったんだ。よろしくな」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げた甘音は、顔を上げた後に表情を変えた。無表情に近い真剣な顔つきで、甘音は神木を背にして立つ。

「――始めよう。最後の試験でしょ?」

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