第694話 新たな気配

 どうしてリンをいじめるのか、とシンは尋ねた。その質問の意図を測りかね、ヴィルアルトは首を傾げる。

「どういうこと、かしら?」

「だってさ、リンは自分のためには頑張らないんだ。いつも誰かのために頑張ってる。だからみんな、リンのこと慕って、一緒にいるんだ。自分を大事にしないから、その分みんなで大事にしたいんだ」

 シンは消え入りそうな声で「でも」と呟く。

「毎回苦しそうだけど、今回も凄く苦しそうだ。ボクはリンじゃないから、本当の痛みをわかってはあげられない。けど、リンを体の中からいじめてるやつがいるっていうことはわかるよ。それを取り除くためなのに、みんなリンのこと痛めつける。……リンは何も言わないけど、ボクはどうしてって思っちゃうんだ」

「……貴方は優しい子ですね、シン」

 ヴィルアルトは微苦笑を浮かべると、そっとシンの頭を撫でる。ザラザラとした感触の頭に触れながら、口を開いた。

「いじめているわけじゃない……そう言っても、貴方は食い下がるかもしれない。ですが、こちらにもこちらのすべきことがあるのです」

「すべきこと?」

「銀の花の種は、大昔に自然と生まれた不思議な存在です。その起源は私にもわかりませんが、それはそれは長い年月と思いが折り重なって積もってきたものなのです。強大な力を蓄え、一歩間違えばこの世界を根底から変えてしまう力を持つその種を、私たちは誰彼構わずに与えることは出来ません」

「だから、試練を与えるの?」

「ええ、そうです。勿論、ギリギリの貴方方に試練を与えるのですから、端から見ればいじめているように見えても仕方がありませんが」

 肩を竦め、ヴィルアルトは森の方へ目をやる。そちらに向かったリンたちには、この後も試練が待ち構えている。

(最後の一つ、それを手にするために必要な試練は、私の一つではないのです。……頑張って。応援しています)

 目を閉じて心の中で呟いたヴィルアルトは、自分を見つめるシンに柔らかく微笑みかけた。

「大丈夫。私は、彼らが必ず全ての種を集めて呪いを解くと信じています。貴方は違うのですか?」

「そんなことないよ! ボクは、あなた以上にみんなのこと信じてるもん」

 ぷうっと頬を膨らませ、シンはヴィルアルトを睨み付ける。しかしその表情は龍らしからぬもので、女神には笑われてしまった。

「むー! とにかく、ボクはまた団長たちを迎えに来るから。バイバイ!」

 そう言い捨て、シンは真の姿に戻って空へと舞い上がる。どんどんと小さくなっていく影を見送り、ヴィルアルトは軽く手を振った。


 一方、ヴィルアルト戦から離脱した晶穂たちは、先を行っているはずのリンたち三人を追っていた。しかし彼らがどんな道を行ったのかはわからず、以前の記憶を頼りに突き進む。

 いつまでもどこまでも景色が変わらない。立ち止まった克臣は苦々しい顔をして、ぐるっと周囲を見渡した。

「前回は色々イレギュラーだったからな……。リンたちの魔力でも追うか?」

「この森自体に魔力というか、神力が満ちているからな。最も簡単なのは、甘音やレオラの気配を探すことかもしれない」

「……どういう意味ですか?」

 息を整えた晶穂が尋ねると、ジェイスが「ほら」とわずかに肩を竦めた。

「魔力はかき消されているけれど、彼らの気配は強めに感じる。わざとそうしているのかもしれないけどね、こっちへ来いって」

「『こっちへ来い』……。うん、そうかもしれないですね。手招いているなら、応じないと」

「だな」

 晶穂の気合を克臣が援護する。

 神力を辿ると、更に森の奥へと誘われていく。野生の気配の濃い区域へと足を踏み入れると、獣人たちが警戒感を露わにした。

「……いる」

「うん、待ってるね」

「唯文、春直、どうしたんだい?」

 ジェイスが尋ねると、二人は進行方向を睨み付けたままで口々に答えた。

「この先に、獣の敵意を感じます」

「強い意志を感じます。ぼくたちを待っていて、倒してやろうと手ぐすねを引いている気配も」

「孔雀の次は獣か。良いじゃねえか。こうなったら、全て倒してやるのも手だぜ」

 戦う意欲満タンの克臣が笑えば、唯文が「克臣さんはやっぱりそう言いますよね」と苦笑する。唯文だけではなく、ジェイスたちも同意だ。

「倒すことが種を得るために必要なことならば、容赦なくやり切るけど。……克臣、今回の旅は全てそれで良いわけじゃないってわかってるだろ?」

「勿論。もしもの話だ」

 くっくと肩を震わせた克臣は、ふと背後から聞こえた獣の唸り声に耳を澄ませる。彼の隣にジェイスが立ち、睨みを利かせた。

 更に誰かが教えたわけでもないのに、唯文と春直、ユキが晶穂を守るように立つ。三人もまた獣たちの気配を感じ取り、それぞれの得物を構える。唯文は和刀を、春直は猫人の爪を、ユキはいつでも氷の弾丸を撃てるように右の拳を前に突き出した。

 晶穂はそんな三人に驚きつつも、その手に掴んだ氷華を持ち直す。この中で最も戦闘能力が低い自覚はあるが、自分の身くらいは守れるように鍛錬を繰り返してきた。ジェイスや文里のお墨付きも得ているが、慢心だけはしてはいけない。

「――一体、何が来るの?」

 敵と呼んで良いのかはわからないが、敵意を隠さない気配が確かに近付いて来る。しかも、かなりの速度で。晶穂は思わず不安を口にし、それに春直が真面目に応じた。

「わかりません。だけど、また乗り越えないといけない試練の一つだってことはわかります」

「だね。何処で見ているのか知らないけど、甘音たちの判断に任せよう」

「――ああ、もう来るぞ」

 唯文が和刀を構え直した時、茂みの向こう側から鋭い牙を見せつけるように大口を開けた狼と同じくらいの大きさのフクロウが飛び出してきた。

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