第692話 守り守られ
孔雀の尾羽がユキの魔力で凍り、これで一件落着かと思われた。しかしその期待は見事に裏切られ、孔雀は凍った羽を利用して新たな武器でジェイスたちを襲う。
「くっ……。こんな使い方をされるなんてね」
「まさか、だよ。凄く鋭い
「言いえて妙」
地面に伏せたユキたちの頭上を、豪雨のように小さな羽が氷をまとって飛び交う。氷を身につけたことで、羽根の切れ味はより鋭くなり、顔を上げたユキの頬を傷付ける。
「ちっ」
「ユキ、大丈夫か?」
「うん。って、克臣さんの方が痛そうだよ! 僕らのことをかばわなくていいから、もっと姿勢低くして」
「バレたか」
「……逆になんでバレないと思ったの」
「マジレスしなくていいぞ」
近くで伏せていたジェイスに呆れられ、克臣は傷だらけの顔で笑う。何でもないことのように言う克臣だが、ユキの上に覆い被さるようにして伏せ、氷の攻撃から守っていた。
「そんなこと言うけど、ジェイスだって似たようなもんだろ? やり方が違うだけで、やってることはさ」
克臣に言い返され、ジェイスはくすっと笑う。彼は彼で、気の魔力で創り出した板を伏せた唯文の上に浮かべていたのだ。克臣と違う点は、自分の上にも被せていたこと、晶穂と春直には当たらないように彼女たちと自分たちの間に見えない壁を創り出していたことくらいか。
ジェイスの魔力を帯びた透明な壁は、羽根の猛攻をものともせずに強固な守りを固めている。その向こうでは、晶穂と春直がヴィルアルトと対峙し戦っている様子が見えた。彼女らにこちらを案じさせてはいけない。
「まあ、当然だろう? 守り守られるのは、わたしたちのやり方だ」
「だな」
ちらり、と克臣が孔雀の様子を見る。孔雀の形をした使徒は、無限とも思われる羽根の攻撃をいまだ続けており、なかなか隙はない。
しかし、それでもここで長時間立ち止まっている暇などないのだ。克臣とジェイスは頷き合うと、同時に姿勢を低くしたまま駆け出した。
「ジェイスさん! 克臣さん!」
「二人共、ぼくらを置いてどうするつもり……?」
二人が目立つことで、飛び交う氷をまとった羽根は一直線に彼らを目掛けて飛んで行く。孔雀自身も自分に向かって来る敵に興奮し、大きな声で鳴き声を上げた。
そんな中、ユキと唯文はあることに気付く。
「もしかして……」
「ああ」
年長者二人の狙いに気付き、二人はそっと音をたてないように気を付けて立ち上がる。二人が立った後も、孔雀の羽根は飛んで来ない。全て克臣とジェイスが引き取り、
だから、ユキと唯文は無言で合図を交わす。唯文が和刀を引き抜き、正眼に構える。その刃に、ユキが魔力をまとわせる。
年少組二人の様子に、ジェイスと克臣も気付いていた。彼らのたくらみが正確に伝わっていることに安堵しつつ、年少組のターンを確実なものにするために動く。
「ジェイス!」
「ああ」
急ブレーキをかけた克臣に、羽根の刃が殺到する。その中にあって、克臣はニヤリと笑った。その手にあるのは、今か今かと役目を待っている大剣だ。
「行くぜ!」
掛け声と同時に、克臣は体験を振り下ろす。「竜閃」の声と共に、放たれた斬撃は金色の竜となって孔雀に向かって突進する。
勿論、孔雀もそれをただ迎えるだけではない。飛び散っていた羽根を集め、壁を作り出す。そのままならば、竜を弾くことが出来たかもしれない。
「……でも、そうはいかないよね」
ジェイスが唯文を守らせていた気の板を細かく分け、羽根の壁にぶつけたのだ。無数の板と羽根がぶつかり合い、そこかしこで火花が散る。その光の中を竜が進み、孔雀に真正面からぶつかった。
しかし、それでも孔雀はおぼつかない足取りながらも立ち続ける。それを見越していた克臣は、振り返って「今だ!」と叫ぶ。
「ユキ、唯文!」
「了解!」
「行きます!」
氷の魔力をまとった和刀を構えていた唯文が、それを思い切り振り下ろす。斬撃は氷をまとい、空気に含まれる水を凍らせながら真っ直ぐに進む。
「――ッ」
光の竜の眩しさに目を瞬かせていた孔雀は、一瞬にして目の前に現れた斬撃に成す術がない。
――ドンッ
爆発音と共に氷の欠片が飛び散り、空気に溶けていく。
「……やった、か?」
「そうでないと、もう一幕やることになるね」
「嫌なこと言うなよ」
克臣とジェイスの気の抜けた会話を横目に、ユキと唯文は息をひそめて煙が落ち着くのを待った。彼らの前で、ゆっくりと視界が開けていく。
そうして明瞭になった中において、徐々に孔雀の姿が現れる。孔雀はその場に立ってはいたが、もうこれ以上戦うことは出来ないようだった。
「油断は禁物。だが」
「わたしたちの目的は、倒すことではないからね。……ああ、丁度良さそうだ」
ジェイスが呟いたその次の瞬間、四人の背後で光が弾けた。
「行くぞ、お前ら」
孔雀が眩しさに硬直した時に乗じ、克臣を先頭に四人は駆け出す。気の壁を取り払い、森の中へと駆け込んだ。そのまま振り返らずに走り続け、音が聞こえなくなったところでゆっくりと立ち止まった。
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