第691話 綺麗な孔雀には棘がある
空中戦をはらはらしながら見守っていた晶穂は、その決着に胸を撫で下ろす。リンのことは心配だが、あちらには三人の仲間がついているのだから大丈夫だろう。
「リン……」
「余所見とは、良い度胸ですね」
「ぐっ」
しかし、ゆっくりと見上げている余裕はない。ヴィルアルトの攻撃は今も続いており、晶穂は春直と共に彼女の攻撃を躱し弾いて、懐に入れず焦っていた。
それはシンの上で状況を見守っていたジスター、ユーギ、克臣も同じだ。
「晶穂、春直! 俺も今そっちに……」
「あなたたちの相手はこちらです」
「くっ」
ゆっくりと高度を落としていたシンが、ようやく飛び降りても危険の少ない高さまで来た。そこから飛び降りようとした克臣は、目の前に新たな使徒の出現を受けて奥歯を噛み締める。
ヴィルアルトが放ったのは、孔雀に似た使徒だ。切れ長の目で克臣を見つめた孔雀もどきは、似合わず長い足をしならせて回し蹴りを放った。
「おっと」
上半身をのけ反らせ、克臣は間一髪で回し蹴りを躱す。ホッとする間もなく放たれた第二弾に、今度は身を引いて避けた。
「克臣さん!」
「そっちに……」
「俺は良い。お前らはあっちを助けてやってくれ!」
「あっちって……」
「何処……あ」
克臣の言う意味がわからず困惑するユーギは、ジスターに肩を叩かれて振り返る。その先に、複数の人影が見えた。目を凝らし、ユーギは「あっ」と声を上げる。
「ジェイスさんたち! って、団長!?」
「ユーギ、声が大きいよ」
肩を竦めたジェイスに、ユーギは「だって」と零す。ジスターも物言いたげにしているが、あえて黙っていた。
ジェイスはそんな二人に笑いかけると、肩に担いでいたリンを担ぎ直す。少し揺れたが、リンはまだ目覚めないようだ。
「ちょっと、魔力の放出が激しくてね。おそらく自力で目覚めるだろうけど……」
どうしたものかな。ジェイスが微笑んだ時、ヴィルアルトのいる方から爆発音が聞こえた。音を聞きつけ、ユキが身を乗り出して一つ頷く。
「ジェイスさん。ぼく、晶穂さんたちを手伝ってきます」
「わかった」
「おれも。ユーギ、ジスターさん、こっちをお願いします」
「ああ」
唯文も駆け出し、手のひらから和刀を引き抜く。丁度飛んで来た光の玉を斬り裂いて、地を蹴りスピードを上げた。
二人を見送り、ジェイスは「さて」と思案する。ここで自分が取るべき選択肢は、残るか進むかの二つしかない。どちらにしろリンが目覚めてからにすべきかと思い、とんとんとリンの背を叩いた。
それでも死んだように起きないリンを地面に下ろし、ジェイスは背中を支えてリンの耳元に唇を寄せた。
「リン、まだ眠るには早い。……晶穂が暴漢に襲わ……」
襲われているぞ。そう最後まで言うのを待たず、リンの体がピクリと反応する。そして、すぐに瞼を上げた。
「――あきっ……寝てた、のか」
「おはよう、リン」
「あ……ジェイスさん」
ぼんやりする間もなく、リンは立ち上がる。そして状況を瞬時に把握すると、仲間たちに加勢するために一歩踏み出そうとした。
しかし、それをジェイスに止められる。肩に乗せられた彼の手を見ると、ジェイスは「きみはあっちだ」と後方を指差された。そちらは、神庭の奥へと続いている。
指差したまま、ジェイスは小声で言う。
「リン、ユーギとジスターと共に先に行くんだ。わたしたちも、ここが片付き次第すぐに向かう」
「……迷っている暇はありませんね」
迷わず、リンは戦場に背を向けた。様々な音が聞こえるが、その全てが彼を鼓舞して背中を押す。
「ユーギ、ジスターさん。一緒に来てくれ」
「勿論!」
「ああ、行こう」
二人と共に、リンは森の奥へと突き進む。三人の後ろ姿を見送り、ジェイスはゆらりとヴィルアルトの方を向く。彼女と彼女の使徒を倒さない限り、後方の憂いは消えない。
「ジェイス、頼む!」
「わかった」
克臣の意図に応え、ジェイスは猛進する克臣に殺到する孔雀の羽根を気の壁で阻み落としていく。孔雀が鳴き声を上げる度、羽根が数枚浮き上がって光速で飛ぶのだ。それは切れ味良く、肌を簡単に裂いてしまう。
ジェイスが手のひらサイズの透明な板を乱射し、孔雀といい勝負を繰り広げた。
「よっし!」
克臣は口笛でも吹き出しそうな顔で地面を思い切り蹴ると、肩に担いでいた大剣を思い切り振り下ろす。地面にヒビが入り、飛んで来た破片に孔雀が驚きたたらを踏む。
「ユーギ!」
「了解っ」
斬撃を放つと同時に、克臣はユキを呼ぶ。
応じたユキは魔力で創り出した氷の弓に矢をつがえ、狙いをつけて放つ。それは、克臣の斬撃で傷ついた右足をかばう孔雀の尾羽の付け根に突き刺さる。
突き刺さった氷の矢から、徐々に孔雀が凍っていく。それに気付き、孔雀はバタバタと翼を動かした。
「――ッ」
「これで羽根の攻撃は止め……」
「――まだだ!」
唯文の鋭い声に、ユキたちは目を見張る。彼らの前で、孔雀が凍りついた尾羽を広げたのだ。キラキラと輝く氷像のようなそれに、幾つもの亀裂が入る。そして、羽根一つ一つと同じ形に細かく割れた。
「もしかしてっ!?」
「全員、伏せろ!」
ジェイスが叫ぶのと同時に、まるで爆発したかのように四方八方へと凍った羽根が吹き飛ばされた。
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