第690話 例え炎に焼かれても
晶穂と春直がヴィルアルトと対峙していた時、リンとユキ、そしてジェイスと唯文は翼竜の使徒と向き合っていた。翼竜は何を思ったか、突然姿をブレさせたかと思うと二つに分裂した。
その変化に、リンは眉を潜める。
「……増えた、か」
「四対一じゃ、流石に不利だと思ったんだろうな」
ふっと息で笑ったジェイスが、自分の方へ突っ込んで来た一頭の翼竜の
「悪いが、唯文を傷付けられるわけにはいかないんでな」
「ジ、ジェイスさん」
ジェイスが自由に戦えるよう、唯文は離してくれと言いたかった。しかしここは空中で、自分は獣人だ。飛べない自分は今、守ってもらうしかない。
「くっ……」
「唯文、自分が厄介者になっていると思っているのなら、その考え方は止めて良い」
悔しげに呻く唯文に、ジェイスはそっと言った。
「え」
「何故なら、わたしは唯文がいるから必ず守り切ろうと本気で戦うんだからね」
「ジェイスさん……ありがとうございます」
安堵した唯文に、ジェイスは「どういたしまして」と目を細める。そして唯文に掴まっているよう指示すると、一旦距離を取った翼竜相手にナイフを向けた。ナイフは手にはなく、宙を自在に動き回る飛び道具だ。
「さあ、地上に早く行きたいんだ。通してもらうよ」
同じ頃、リンとユキも二つに割れた片割れと真っ向から戦っていた。こちらの翼竜は好戦的なのか、ガンガンと二人にぶつかって来る。
「――っ。
「それどころか、傷付くと倍返ししようとしてくるよね」
ユキの言う通り、翼竜は積極的な故にこちらの攻撃をよく受ける。しかしそこで倒れることはなく、倍返しだと言わんばかりの勢いで突進してくるのだ。
今まさに突進して小さな手の爪でのひっかき攻撃を加えてきた翼竜をいなし、リンは斬撃で反撃した。かすったのか、翼竜は悲鳴を上げる。
「ま、倍返しってんならこっちも容赦なくいくしかないけどな」
「だね。女神の使徒なんだから、生半可な気持ちじゃこっちがもたないよ」
女神はこの世界を創り出した神々の一人だ。一時嫉妬に狂い、銀の華を敵と見なして敵対したこともあった。そんな彼女の操る使徒は、こちらも全力で挑まなければ勝ち目はない。
リンの斬撃でイラッとしたのか、翼竜は大きく翼を羽ばたかせた。一度羽ばたくだけで暴風が起き、空中のリンとユキは吹き飛ばされないように対抗するしかない。
「はあっ!」
ユキは翼竜が動きを止めた瞬間を狙い、無数の氷柱を雨のように降らせる。
躱したと思ってもその隙間に別の氷柱が降り、翼竜は逃げ場をなくして氷柱に打たれた。鋭い氷柱を全身に受け、翼竜は銀色の目を
「兄さん!」
「ああ。……ここで時間を食うわけにはいかない」
リンは引き抜いた剣に魔力を籠め、氷柱の雨で動けずにいる翼竜へと思い切り斬撃を放った。斬撃は丁度リンの方を向いた翼竜の額を直撃し、のけぞらせる。
「――これで、終わらせる !」
「ぼくも」
リンは改めて光の魔力をまとわせた剣を構え、ユキも氷柱を剣の形に変えて掴む。二人は同時に翼を羽ばたかせ、一気に距離を詰める。今ならば、畳みかけることが出来ると踏んだのだ。
確かにその判断は正しく、同時に間違いでもあった。二人が殺到しようとした直後、突然翼竜が目を見開いたのだ。
「なっ」
「まずい、来るぞ!」
リンはユキの前に出て、翼竜からの攻撃に備える。ほとんど無意識に動いたリンの目に、大きく口を開いた翼竜の口の中が映った。それは血のような赤い色をしていて、ぞっとするには十分だ。
「――団長!」
「リン、ユキ!」
近くで戦っている唯文とジェイスが危機に気付いて叫び、助けようとリンのもとへと駆け出す。両者の距離が縮まるよりも早く、翼竜の口から炎のような青白い光を吐き出した。
「――っ」
リンの視界が青白く染まり、体を炎が包み込む。翼竜はそこに羽ばたきで空気を送り込み、ユキの目の前で兄が炎に覆われた。
「兄さんっ!」
悲鳴に近い叫び声を上げ、ユキが魔力を解放する。炎をそのまま凍らせるような冷気が放たれ、氷の雨が翼竜に向かって降り注ぐ。雨はもう一頭の片割れにも及び、ジェイスに痛めつけられていたそちらの翼竜は、首に太い氷柱を突き刺してその姿を消した。
「くっ」
勿論、その時リンも焼かれているだけではない。じりじりとした痛みを感じつつ、魔力の壁で体を包み込んで炎から身を守る。しかし炎は魔力すらも吸収し、もともと毒への抵抗へ大半を割り振られていたリンの魔力は、すぐに底が見え始めた。
(ここで立ち止まるわけあるか!)
外から、ユキの魔力が増大しているのがわかる。そこにジェイスのものも感じ、リンは呼吸しづらい中でも大きく息を吸い込む。炎は冷たく、そして激しい。
リンは剣を強く握り締め、力いっぱい振り下ろした。
「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
斬撃は炎を超え、切り裂いて進む。やがてユキの氷の刃とジェイスの気の刃と合流し、そのまま翼竜を真っ二つにしてしまった。
「……はぁ、はぁ。げほっけほ」
「兄さんっ」
「団長!」
「リン」
「ユキ、唯文、ジェイスさ……」
自分を支えてくれる三人の名を呼ぼうとして、リンは咳込む。体の内側がズクリと痛み、毒が嘲笑っているような気がした。
「今は喋るな、リン」
「は……い」
ジェイスの険しい声に頷き、リンはちらりと背中をさすってくれるユキに苦笑いを向けた。いつの間にか身長は十センチも変わらない。
「ごめん、ユキ。少し……」
「大丈夫だよ、兄さん」
ユキに体を預け、リンは意識を失った。
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