第689話 翼竜の使徒
シンの上から地上を見下ろしたリンは、その蠢く何かの正体に気付いて剣を出現させた。それを握り、動くものから目を離さない。
「兄さん、あれは何だと思う?」
攻撃が止んだことで立ち上がったユキが隣にやって来たため、リンは「見てくれ」とそれを指差した。動く何かは、視線に気付いたのかこちらを見上げている。
「女神の使徒だ。久し振りに見たな」
「ってことは、ヴィルアルトさんも関わっていると見て良いんだね」
女神の使徒とは、創造神レオラの妻であるヴィルアルトが創る彼女専用の傭兵のようなものだ。以前甘音を神庭に送り届ける時邪魔をしてきたのは、ドラゴンやモグラ、鴉、狼、そして白蛇のような存在だ。
しかし現在、リンたちを見上げているのはそのどれでもない。遠過ぎて詳細はわからないが、翼を持っているように見える。
その女神の使徒が、ばさりと翼を羽ばたかせた。そして、グンッと体を浮かせて真っ直ぐに飛んで来る。
「――シン」
「みんな、掴まっててね!」
シンはそう言うと、その場から遠ざかるために速度を上げた。勿論、後ろからは使徒が追って来る。使徒はプテラノドンに似た翼竜の姿で、時折滑空しながら迫っていた。
「わぁぁっ」
「すごっ……」
「ある程度はジェイスの壁で風圧は抑えているけど、流石本物の龍だな」
風に飛ばされそうだと身を縮こまらせる年少組を抱き締めながら、克臣は独り言た。それ程までに龍と使徒のスピードは速く、そして拮抗していた。
(このままだと、追い付かれる。それに、空にいたままじゃ種には辿り着けない)
リンは即座に判断を下すと、シンに向かって怒鳴った。怒鳴らなければ、この風の中で声を届かせられない。
「シン! ゆっくりで良いから、地上を目指してくれ!」
「わかったよ!」
応じたとはいえ、すぐに行動に移ることは出来ない。シンは使徒との距離を見定めながら、徐々に高度を下げていく。その間、遠距離攻撃を得意とするジェイスとユキが地上からの追撃を警戒した。
「――来たっ」
案の定、地上から光の矢が放たれる。ユキはすかさず、準備していた氷の弓から矢を放つ。一発ではかするだけで仕留められず、すぐさま二本目を放った。
そちらは光とぶつかり、眩く輝いて弾ける。その光の激しさは凄まじく、思わず目を瞑った唯文がバランスを崩した。
「――えっ」
「唯文!」
足を滑らせ、空中へ投げ出される。唯文は死を覚悟したが、切るような風と衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると、ジェイスのホッとした顔が見えた。
「セーフ、だね」
「ジェイス……さん」
「大丈夫。……このまま降りるから掴まっていて」
「はい」
純白の翼を広げ、ジェイスは微笑む。そして上を見て、シンの上にいる克臣とアイコンタクトした。
「……わかった」
克臣は呟いて頷くと、リンを呼ぶ。振り返った弟分に、ジェイスと唯文の状況を説明する。
「……ってことだから、あっちは任せて俺たちも降りるぞ」
「わかりました」
リンは深呼吸すると、シンに呼び掛けた。
「シン、俺が抜けたらもう少し速く飛べるか?」
「そりゃ、軽くなるからね。……でも、無茶するならボクがするよ」
「無茶は……」
「大丈夫だよ、シン。兄さんにはぼくがついて行くから」
そう言って身を乗り出してきたのは、先程までジェイスと共に地上からの攻撃を迎え撃っていたユキだ。目を丸くするリンの肩に手を置き、ユキは楽しげに笑う。
「いつまでも頼ってくる存在だと思うなよ? 今度はぼくが支えるんだから」
「頼りにしてるぞ、ユキ」
見れば、ユキのいたところにはジスターがいる。彼も水の魔力を操る魔種だから、遠距離攻撃も得意だ。
見る場所をずらすと、丁度リンと晶穂の視線がぶつかった。目を瞬かせた晶穂は、凛々しく微笑む。
「行って、リン。わたしたちもすぐに追うから」
「ああ、信じてる」
リンはユキと呼吸を合わせ、シンの背中から飛び出した。それを見て、翼竜の使徒がけたたましい鳴き声を上げる。超音波でも出しているのか、空中で体勢を立て直そうとしたユキがバランスを崩す。
「わわっ!?」
「ユキ!」
一旦シンから標的を自由落下するリンたちに切り替えた翼竜が迫る中、リンはユキを抱えて無理矢理翼を広げた。そして飛ぶ方向を変え、翼竜をやり過ごす。
その隙に、シンは一気に高度を下げていく。地上の様子がよく見えるようになり、晶穂は光の矢に注意しながら誰が攻撃を支持しているのかと捜した。すると、やはりという人物と目が合う。
「貴女は、ヴィルアルト!」
「久し振りですね、晶穂。……さあ、貴女方の願いを叶えるための最後の壁を越えてみせなさい!」
そういうが早いか、ヴィルアルトは再度弓矢をつがえる。放たれた矢は光を帯び、真っすぐに空気を裂くように飛んで行く。晶穂は目の前に矢が来ることを察し、神子の力で結界を張った。
ヴィルアルトの矢は晶穂の結界に突き刺さり、結界にひびを入れて破壊した。パリンッというガラスの割れるような音が響き、晶穂はビクッと目を閉じる。目の前に迫っていた光の矢が襲い掛かって来ると思ったのだ。
しかし、晶穂も無防備なままみすみす怪我を負うつもりはなかった。
そんな中でも、晶穂と矢の間に滑り込んだ影がある。
「――っ、危なかった」
「春直!」
春直は咄嗟に操血術を展開させて、光の矢を捕らえて飛ぶ方向を変えた。力づくだが、効果はてきめんだ。
自分の矢がねじ伏せられ、ヴィルアルトは目を見張ってから微笑む。
「なかなかやりますね」
「ここからですよ、ヴィルアルト」
晶穂は助けてくれた春直と共に、ヴィルアルトと対峙する。
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