第688話 空中散歩

 ファルスの町外れ、人通りのない原っぱで、リンは姿を現したシンを迎えた。巨大な龍の姿から小さな子龍の姿に変化したシンは、久し振りに会った友人たちの姿に笑みを浮かべる。

「みんな、久し振り! 元気そう良かった」

「それはこっちのセリフだよ、シン! 元気そうだね!」

 いの一番にシンに抱き着いたユーギは、彼と頬を触れ合わせて再会を喜ぶ。それから「リドアスのみんなは元気?」と笑みで尋ねた。

「元気だよ。みんな、リンたちのこと心配してる。でも、絶対大丈夫だって言ってた!」

「みんな……文里さんや一香さんたちか。俺も、あの人たちがいるから外に出られる。感謝してもしきれないな」

 不意に思い出すのは、リドアスの留守を守ってくれている仲間たちのこと。唯文の父である文里や、シンと共に結界で守ってくれている一香。そして、常に旅を続けながら情報をくれるテッカやサディアたち。彼らの信頼がなければ、リンは団長として立つことは出来ない。

 不意に感傷的な気分になっていたリンは、顔を上げた瞬間に間近にあったシンの顔に驚いた。思わず声を上げると、小さな龍はしたり顔で離れる。

「ふふ、大成功」

「シン、それはそれとして。どうして俺たちがソディリスラに帰って来たとわかったんだ?」

 ケラケラ笑うシンに、克臣が尋ねる。するとシンは、くるんっと一回転してから種明かしした。

「あのね、一香さんが教えてくれたの」

「一香さんが?」

「そうだよ、晶穂。あの人がね、そろそろ最後の一つじゃないかって教えてくれたんだ。ジェイスとか、連絡くれたでしょ? だから『迎えに行く』って飛び出してきた」

「――!?」

 リンたちが声を合わせ、それぞれに驚いた。目をパチパチとさせるシンに、晶穂が身を乗り出して詰め寄る。

「飛び出してきたって……誰かに出かけるって言ってきた!?」

「……言ってない」

「はぁ……。皆さん心配してるよ?」

「ううっ」

 晶穂にため息をつかれ、シンはしょぼんと俯いた。そんな子龍の頭を撫でて、仕方ないからと前置きをする。

「一香さんたちに連絡して、シンはここにいるって言おう。わたしたちと一緒なら、一香さんたちも安心してくれるよ」

「そうだな。ふふ、少し待ってろよ」

 リンが笑いながら端末を操作している間に、克臣たちはシンを励まして今後の方針の決めていた。シンの背に乗せてもらい、神庭まで送ってもらうことにする。

「まあ、このでかさが目立つけどな」

「大丈夫。雲の上に出ればバレないよ!」

 元気を取り戻したシンが笑い、晶穂はほっと胸を撫で下ろす。その時、リンが端末をオフにした。

「リン、どうだった?」

「心配してた。シン。お前、一香さんが目を離した隙にいなくなったらしいな。……俺たちを案じてくれるのは嬉しいが、それであっちの心配を増やさないでやってくれ」

「うん……ごめんね、ありがとう」

 リンの本気度が感じられ、シンは殊勝に頷く。そんな態度を取られてしまえば、リンたちも言うことはない。顔を見合わせ、笑い合って気持ちを切り替える。

「一香さんから伝言だ。『無事なら良かったけど、次からはちゃんと一言頂戴。みんなのことよろしくね』だそうだ」

「うん、気を付ける。……よしっ、みんな乗って」 そう言うと、シンは真の姿になって空き地に降りた。音を極力たてずに着地したが、それでも砂埃くらいはたってしまう。

 降り立ったシンに、最初に近付いたのはユキとユーギだ。二人はよじ登って、シンの首元と思われる場所までたどり着く。

「みんなもおいでよ」

「春直、唯文。先に行きな」

「わ、わかりました」

「おれが支えるから。……ユーギ、ユキ! 引き上げるの手伝ってくれ」

「はーい」

「任せて」

 唯文の頼みに応じ、ユキとユーギは春直に向かって手を伸ばす。二人の手を掴み、春直は自分の足でシンの体に登る。

 春直に続き、唯文は自力でシンの体に登る。大きな体のシンに登るのは、ちょっとしたアトラクションのような感じだ。

 年少組が乗ったのを確かめ、リンが登り地上に立っている晶穂に手を伸ばす。

「ほら」

「あ……うん」

 照れながらも伸ばす晶穂の手を掴んで引き上げたリンは、残った克臣とジェイスに頷く。それを見て、二人もひらりとシンの背中に乗った。

 全員が乗り込んだのを見計らい、シンが「行くよ」と言いながら飛び立つ。一気に地上が遠くなり、雲がすぐ傍までやって来た。

「うわっ」

「雲にすぐ触れそう……」

「あんまり身を乗り出したら落ちるぞ、お前ら」

 ククッと笑った克臣の注意喚起に、身を乗り出しかけていた子どもたちは一気に身を引く。それをちらっと見たシンが「高度上げるよ」と言って、ゆっくりと上昇していく。

 やがてシンは雲の上に出て、地上の誰にも見えなくなった。見えたとしても、米粒程度だろう。それ程に高度を上げてもリンたちの呼吸が乱れないのは、ジェイスが空気の膜でシンを含めて覆っているからだ。

 真っ直ぐに飛んでいたシンが、翼の近くに座るリンに視線を向けた。

「リン、このまま神庭に行ったら良い?」

「ああ、頼む。ただ、地上からの攻撃には気を付けてくれ」

「地上から来るの?」

「可能性はある。甘音からのメッセージを読む限り、向こうは俺たちの動向を注視しているから」

「つまり、あっちは攻撃する気あるってことだね? わかったよ!」

 シンの体が少し熱を帯びる。いつでも戦闘態勢に入ることが出来るよう、準備を始めたのだ。背中にいるリンたちにとっては、暖房のような暖かさがある。

「みんなのこと、ボクが守るからね!」

「頼もしいね、シン」

「えへへっ。晶穂に褒められた!」

 晶穂に背中を撫でてもらい、シンは上機嫌だ。鼻歌を歌いながら、悠々と空を飛んでいく。

 やがて、眼下に神庭の土地が見えてくる。雲が切れ、シンの背中のリンたちにも霧がかった森が見えてくる。

 そして、それは突然起こった。

「――っ、伏せろ!」

 リンの鋭い声に、全員が反応した。ジェイスと克臣が傍にいた年少組をそれぞれ抱えるように伏せ、リンが晶穂を腕に閉じ込めた。更にジスターが魔獣二頭に指示してシンの傍へと侍らせる。

 彼らの動きを見ていたのか、地上から光の矢のようなものが複数放たれたのだ。シンは器用にそれらを躱し、躱し切れないものは阿形と吽形が叩き落とす。

「……来たか」

 リンは大陸を見下ろし、眉間にしわを寄せる。地上では、何かが蠢いていた。

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