第687話 思わぬお迎え

 スカドゥラ王国の追ってから逃れ、無事にソディリスラに帰って来たリンたち。しかし旅はまだ終わりではなく、最後の銀の花の種探しが残っていた。

 一旦南海沿いの町、ファルスの屋台街にやって来た彼らは、そこにあった空き地のベンチに陣取って話し合いを開始する。ジェイスが広げた地図を身を乗り出して眺めていた唯文が、地図を指でなぞった。

「あと探していないのは」

「神庭くらいじゃないですか? それに、あそこかもっていう話は前にもしましたし」

「だな。団長、甘音に連絡を取ってみますか?」

 ひょいっと振り返った唯文の問いかけに、リンは腕組みを解いて応じる。

「そうだな。ユーギ、頼めるか? あそこに入るには、甘音たちの許可がいるだろう。入った途端に襲われて放り出されたらかなわない」

「了解!」

 早速唯文の端末を借りたユーギが連絡を取るのを横目に、リンは神庭の方向を眺めた。大陸の南の海岸沿いにあるファルスから見えるはずもないが、もう少しだという期待と不安がそうさせる。

(あと一つ、あと一つ集めればこの体に巣食う毒を消す鍵が得られる。……もう少しだけ、もってくれよ)

 銀の花の種は、現在九つ。毒の気配が薄れているのは、その種の魔力が抑え込んでくれているからに他ならない。以前よりも呼吸が落ち着き、走ることに苦はないのだ。

 それでも、最後まで不安は付きまとう。命を削る毒という呪いを、本当に解くことが出来るのか。

 考え事に沈んでいたリンは、突然額に痛みを感じて悲鳴を上げた。

「痛いっ」

「――リン、眉間にしわが寄っているよ」

「ジェイスさん」

 クスッと目の前で微笑んでいたのは、デコピンをした直後のジェイスだ。目を瞬かせたリンに、彼は「肩の力を抜いて」とアドバイスする。

「あと一つ、そう急いでしまうけれど、落ち着いて。わたしたちが揃っているのだから、大丈夫。誰かがミスしても、誰かがカバーすれば良い。そうだろう?」

 ジェイスの言葉を聞き、ユキが立ち上がって腰に手を当てた。立っていると、座るリンよりも目線が高くなる。

「兄さん、ぼくらを信じてないわけ? 心外だなぁ」

「ユキ、煽るな。でも、ありがとう。ジェイスさんも」

 弟の突然の煽りに、リンは苦笑するしかない。それでも、彼の気持ちが伝わった。

 リンに礼を言われ、ジェイスは一層柔らかく表情を和ませる。しかし連絡していたはずのユーギが難しい顔をしていることに気付き、首を傾げた。

「いいえ。ん? どうした、ユーギ」

「ジェイスさん。今甘音に電話したんだけど出なくて……。代わりに、メッセージが送られてきたんだ」

 これを見て。そう言って突き出された画面を見て、ジェイスは目を細めた。何だこれは。

 ジェイスが固まり、リンたちも次々に覗き込む。そこにあったのは、二つの文章のメッセージ。

「……『いつでも来ていいよ。こちらの準備は整ってるから』? これってどういう意味なんでしょうか。まるで」

 まるで、自分が最後のボスだと言わんばかりの言葉ではないか。晶穂が言うと、克臣がくっくっと肩を震わせる。

「いい得て妙というか、その通りなんだろ。最後の種は、神様が握ってるってこった」

「レオラのところに。あいつと戦えってことでしょうか」

「可能性はあるな」

 リンの問に頷いた克臣は、楽しそうに拳を手のひらに打ち付けた。

「良いじゃん? この世界の創造神と戦えるってのは、なかなかあることじゃない」

「レオラ自身とやり合うのは初めてかもしれませんね。その機会があればの話ですけど」

 神との戦いなど、出来ればやりたくないというのがリンの本音だ。しかしそれが種の守護が課す試練だというのならば、全力で挑む。

「甘音がそう言うのなら、わたしたちはそれに従うしかないですよね。神庭に行きますか、これから」

「ああ。正直、休みなくみんなに無茶を強いて申し訳ないけど、これが最後だから。……よろしくお願いします」

「だから、水臭いの!」

「いちいち叩くなユキ!」

 バシンと良い音がして、リンは逃げるユキを捕まえた。そこにユーギと彼に手を引かれた春直が参戦し、わちゃわちゃに拍車がかかる。唯文は呆れ顔でユーギをリンから引きはがそうとして、反対に巻き込まれた。

 深刻な空気が一掃され、むしろ賑やかになる。その光景を控えめに笑いながら眺めていた晶穂は、近くにいたジスターが呆気に取られているのを見て彼の傍に行った。

「驚きましたか?」

「あ、ああ。何というか、全員深刻さがないよな。……いや、ないんじゃなくて空気まで深刻にさせないようにしているのか」

「はい。みんな、リンのことが大好きだから。彼のために出来ることは全力で挑むんです」

「それは、晶穂も?」

 ジスターに問われ、晶穂は間髪入れずに頷いた。

「はい。ジスターさんは違いますか?」

「違わないな、オレも」

 くすっと笑ったジスターの笑顔に、晶穂は笑みを返す。それから克臣とジェイスと視線を交わし合い、リンのもとへと歩いて行く。

「リン、行こう。神庭に」

「……ああ、行こうか」

 その時、聞き慣れた鳴き声が聞こえた。それは空から聞こえる、低い唸り声だ。周囲にいた人々が驚いて見回すが、姿を隠しているために見ることは叶わない。

『リン、みんな!』

「シンか? どうして……」

『その説明は後でするよ! 兎に角、町の北の端に来て』

 頭の中に直接語り掛けて来る声は、無邪気にそう言って遠ざかる。リンが仲間たちを振り返ると、全員が頷いた。

「――行きましょう」

 何故シンがここにいるのかはわからない。その謎を解くためにも、まずは彼を追わなければ。リンたちはシンの気配を追い、町の外へと向かった。


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