第685話 誓いを守る

 ジェイスと克臣がベアリーたちを相手にしていた頃、ジスターは魔獣たちと共に先に行った仲間を逃がすために敵を足止めしていた。ジスターの前には、血気盛んな軍人たちが十人いる。

 そのうちの若者が、たった一人のジスターを侮ったのか指を差しながら嘲笑った。

「たった一人、そのような魔獣を従えなければ我らに太刀打ち出来ぬとはな! さっさと終わらせてやろう」

「……阿形と吽形は、オレの魔力から生まれた仲間だ。それに、びびってるのはお前たちの方だろう?」

「――っ、五月蝿いぞ!」

「煽るのも大概にしろ。我らの目的はそうではないだろうが!」

 隊長らしき壮年の男に一喝され、若者はびくりと肩を震わせた。そして「すみません」と勢い良く後ろを振り向き、頭を下げる。

 そんな規律の行き届いた茶番劇を眺めながら、ジスターは無表情の下で呆れていた。

(これが本当の戦闘なら、謝る時間などない。背中を見せたら最後にだと、訓練では習わないんだろうな)

 仕方なく待ってやり、ジスターは阿形と吽形を左右に配した。戦いは先制攻撃が基本だが、それを今やっても火に油を注ぐのと同じだ。

 威勢の良かった若者は、もうその目の輝きを取り戻している。その切り替えの早さに感心しつつ、ジスターはその手に水流をまとわせた。

「さっさと来い。あいつらに追い付かないといけないんだ」

「残念だが、それは我々も同じこと」

 隊長の「かかれ!」という合図を受け、九人がそれぞれの立ち位置から攻撃をしてくる。見たところ、全て魔種でも獣人でもないただ人によって作られた隊のようだ。各々に銃や剣を持ち、それぞれの攻撃が味方に当たらないように動く。

 その統率力に感心しつつ、ジスターは大きく息を吸い込んだ。両腕に渦巻く水流が、その勢いを増す。

「我らにひざまずけ!」

「断る」

 火を噴いた銃口から放たれた弾丸が、幾つもジスターの心臓を狙って放たれる。しかしジスターは、引き金が引かれる直前に水流で壁を創り出していた。それに呑まれた弾丸は、勢いを失って地面に落ちる。

「なっ」

「阿形、吽形!」

 ジスターの声に応じ、二頭の魔獣が飛び出す。彼らは敵の鮮やかな剣捌きの間を縫い、翻弄して地面に着地した。途端に噴水が破壊されたような激しい水飛沫が舞い散り、兵士たちは逃げ惑う。

「これで終わりと思うなよ」

 その言葉通り、ジスターは畳み掛けるように渦潮を創り出す。それを濡れ鼠の敵の真ん中に落とすと、一気に敵を吹き飛ばした。ゴッという轟音と共に弾き飛ばされた男たちの大半はその瞬間に意識を失い、残りもかろうじて意識を保っているという状態まで追い込まれる。

 意識を保つ者を含め、彼らはてんでバラバラに壁や地面に叩きつけられた。そう思って、真実を知る前に全員が意識を手放していた。

 しかし、本当は違う。

「……殺さずの誓い。これで守れたかな」

 ジスターは上げていた腕を下ろし、ほっと息をつく。渦潮で吹き飛ばし、壁や道路に打ち付けると見せかけて、打ち付けられる前に水流をクッションにして全員をゆっくりと地面に横たえる。阿形と吽形の手を借りながら全て一人でやってのけ、見事に銀の華の誓いを守った。

「全員気を失ってる、か。――まあいい。さっさとあいつらに追い付かないとな」

 冬空の下、吹きさらしで放置することに躊躇いがないわけではない。しかし道の向こう側から何人もの声が聞こえることから、心配はないだろう。彼らに後始末を任せてしまおう。

 ジスターは頭を切り替え、阿形と吽形を空気中に溶かしてから駆け出す。少し時間がかかってしまったが、同じ船に乗ることが出来れば十分だ。もしくは、別の船でも同じ港にたどり着けば良い。

 そう思って人ごみを避けながら走っていたジスターの耳に、聞き慣れて久しい二人の声が聞こえてきた。まさかと思い、聞こえて来る方へと足を向ける。

「――お、ジスターじゃねえか」

「やっぱり、あの魔力はきみだったか。リンたちを逃がしてくれたんだろう? ありがとう」

「……克臣さん、ジェイスさん。ご無事で何よりです」

 二人が後れを取るはずはない。サーカス団の一員として銀の華と対峙したことのある

 ジスターは、それでもほっと胸を撫で下ろす。

 明らかに肩の力を抜いた後輩を見て、ジェイスと克臣は顔を見合わせて笑った。彼らを見て不思議そうに首を傾げるジスターの肩を叩き、二人は同時に「行くぞ」と駆け出す。

「あの子たちが乗ったであろう船は、もう出ている。次の船もすぐに出るから、それに乗って追いかけるよ」

「最悪、ジェイスの力を借りて海の上をサーフィンすれば良いけどな」

「克臣、あれはまあまあ魔力を消費するんだ。それに海なんて、何かあったらどうするんだい?」

「お前なら大丈夫だろ。信じてるし」

「こういう時だけ信頼を盾にするな」

 全力で走りながら、いつも通りに会話する二人。ジスターは彼らに置いて行かれないよう、必死に疾走した。

 そして、ようやく船着き場が見えて来る。ソディリスラ行きのチケットを買い、客船に乗り込んだ。直後に汽笛が鳴り、港を離れる。

「――はぁ、間に合った」

「これで一安心かな」

「……あんたら、色々規格外過ぎるだろ」

「そうか?」

 克臣が首を傾げ、ジェイスは無言で微笑む。ジスターはそれ以上の思考を放棄し、ソディリスラの方角を眺めた。

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