第684話 多勢に無勢とは限らない

 リンたちの姿が見えなくなり、ジェイスと克臣は視線を交わし合う。目の前には、彼らに敵意剥き出しのベアリーと彼女の部隊が控えていた。

「さ、あいつらにさっさと追い付かないとな」

「あまり遅くなると、文句を言われてしまうからね」

「ってことで」

 克臣は大剣を肩に乗せ、身構える部隊の男たちに向かって凄みを利かせた笑みを見せる。

「……覚悟しろよ」

 その瞬間、金色の龍が空に向かって立ち昇る。男たちがそれに目を見張った時には、克臣が彼らの懐に入っていた。

「なっ」

おせぇ」

 克臣の剣には人を斬ってしまわないよう、刃の部分に特殊な結界がかけられている。そのため斬れることはないが、鈍器として振るわれることが多い。

 今まさに、鈍器によって吹き飛ばされた兵士が地面に打ち付けられた。

「ぐっ……」

「は、何だあいつ」

「バカ力……」

 克臣の力技に、兵士たちは恐れおののく。戦闘訓練を日夜繰り返してきた彼らだが、目の前で圧倒的な武力を見せ付けられたことはなかったらしい。

 急に戦意を喪失し始めた部隊に、克臣は眉間にしわを寄せる。

「……こいつら、本当に精鋭部隊か?」

「本気で戦ったことがないのは、平和な証拠だ。わたしたちだって、好き好んで敵を倒してきた訳じゃないだろう?」

「まあな」

 ジェイスに同意した克臣は、もう一度振り向きざまに体験を構える。彼の隣に立ったジェイスもまた、気の力で無限に創り出せるナイフを手にしてベアリーの新鋭部隊と対峙していた。

「わたしたちは、貴方方と敵対するつもりは全くありません。しかし、大切な仲間を害すと言うのなら、手加減はしませんよ」

「お、お前たちは我らの国、スカドゥラ王国を土足で踏み荒らした。その罪、女王陛下に裁いて頂かなくてはならん!」

「全く、静かに去ろうとしていたのに。戦わざるを得ないようですね」

 威勢だけは良いが、兵士の突き出した人差し指は震えているように見えた。少々かわいそうかと思ったが、油断すれば訓練された部隊の餌食になりかねない。

 ジェイスは息を整え、地を蹴った。

「――はっ」

 どう動くか考えていたらしい一行の真ん中に向かって、ジェイスはナイフを投擲とうてきした。あえて敵が怪我をしないよう的を外したうち一本は、先程威勢を見せた小太りの男の目の前に落ちる。

「うわあぁっ」

「これくらいで驚かれたら、倒し甲斐もない」

「――っ!」

 わざとあおるような発言をしたジェイスをねめつけ、先程の男とは別の兵士が怒りに身を任せて剣を振るう。それを躱したジェイスは、もう一度ナイフを投げた。今回は狙いすまして男のこめかみを狙ってナイフを投げる。

 すると相手のこめかみすれすれを飛んで行き、見えなくなったタイミングでザクッ戸いう音をたてた。

「ひっ」

「悪いんですが、わたしたちは急いでいます。……彼らと共に行きたいので、時間はかけていられません」

「ジェイス、ガチだな」

 本気モードのジェイスに、克臣がケラケラ笑って言いかける。しかしそんな克臣の表情に、いつものいたずらっぽい笑みはない。

「当たり前だろ。……今は、あの子の傍にいたいんだ。自己満足だよ」

「そりゃ俺も」

 一緒だな。そう言って、ジェイスは斬り掛かってきた敵を振り向きざまに投げ飛ばす。剣で相手の刃を弾き、敵が剣から手を離したのを見て手首を掴んで技をかけたのだ。

「――ふぅ」

「いつの間に柔道も習得したの、克臣?」

「暇だった時。武器は多い方が良いだろ」

「そうだね」

 ふっと笑ったジェイスは、ふと背後から聞こえた物音に首を傾げる。あちらは、リンたちが向かった方角だ。

「……水の気配。ジスターかな」

「らしいな。あいつも良い顔するようになったよな」

「そうだね」

 克臣とジェイスは和やかに会話しているように見えるが、その実はせわしない。次々と向かってくるベアリーの手の者たちを躱し、勢いを利用して投げ飛ばし、得物を弾いて吹き飛ばす。

 激しい戦闘の中でも会話が成立しているのは、二人の乗り越えてきた場数故だろうか。

「何なんだ、こいつらは」

 部下たちに指示を出しながら、ベアリーは奥歯を噛み締めていた。彼女の手駒は数え切れない程いたはずだ。しかし今、それは半分以下に減っている。

(たった二人に、どうしてここまで手こずる? スカドゥラの軍人は最強ではなかったのか?)

 ベアリーの自尊が揺らぐ。何人かは戦闘を放棄して逃げたが、まだ立っている者もいる中で指揮官は背中を見せられない。彼女は腰の剣に手をかけ、引き抜いた。

「私が行く! お前たちは隙を見て奴らを捕らえろ!」

「大将自らってのは感心だな!」

「黙れ!」

 ベアリーは叫ぶと同時に、引き抜いた剣を振りかぶる。勢い良く地面を蹴ると、力で押し負ける可能性のある克臣ではなくジェイスに飛びかかった。

「ジェイス、こっちは任せろ!」

「ああ」

 ジェイスは親友の声を背に聞きながら、ベアリーの剣を受け止めた。キンッという金属音が響き、ベアリーが軽い身のこなしで一旦退いた。

「くっ……」

「あの子たちに追い付かせるわけにはいかない。ここで戦闘不能にさせてもらうよ」

「ふざけるな。私は、陛下の期待に応えなければならないんだ!」

「それはそっちの都合だろう? こちらにもこちらの都合があるんだ」

 ごめんね。そう呟くと、ジェイスは下げていた腕を勢い良く引き上げた。その手にはナイフが握られ、石突部分でベアリーの鳩尾を突く。

「はぐっ……」

「……」

「ベアリーさ……」

 ベアリーが倒れたことに気付いた部下の一人が、彼女の名を呼ぼうとする。しかし呼び終えるより早く、ジェイスの一閃が飛んだ。

「君たちも寝ていてくれるかな?」

 わずかな手加減が立っていた屈強な男たちを襲い、立っているのはジェイスだけとなった。

「……ふぅ」

「お疲れさん。こっちで全部請け負うつもりだったのに、一部やらせて悪かったな」

 ジェイスに歩み寄ったのは、こちらも軽傷で倒し終えた克臣だ。彼の背後にも、十人程の男が倒れている。

「構わないさ。……さあ、リンたちを追いかけよう」

「その前に、ジスターを回収しないとな」

 二人は頷き合い、その場を去る。倒れ伏し残ったベアリーとスカドゥラの軍人たちは、彼らの体を外気から遮断するための空気の膜で覆われていた。


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