第681話 次の約束

 山を降りたリンたちは、アサルトの案内で彼と双子の家へ向かった。その道中、双子の口から父親へ向けて、試練の一部始終が語られる。

「……なるほど。よく頑張ったね、二人共」

「へへっ」

「お父さん、ぼくたち、ちゃんと役割果たせたかな?」

「勿論だよ。やるべきことをして、渡すべきものを渡した。……二人は、お父さんの自慢の息子たちだ」

 父親に手放して褒められ、双子はこそばゆい気持ちで笑みを浮かべる。そして左右から父親に抱きつき、歩くのを邪魔した。

「ちょっ……歩きにくいんだけど」

「歩きにくくしてるー」

「お父さんの邪魔するー」

「えぇ……」

 ほとほと困ったという顔をしながらも、アサルトの顔は嬉しそうだ。

 そんな父子のじゃれ付きを後ろから眺めていたリンは、アサルトの家が見えて来たことに気付いた。ここまで来れば、夜でも危険なことはないだろう。

「アサルトさん」

「は、はい?」

 慌てて振り返ったアサルトに、リンは笑いを堪えながら口を開いた。双子に翻弄されている父親は、大変そうだが微笑ましい。

「俺たちは、ここでおいとまします。この人数で家に押しかけるわけにもいきませんし」

「ですが……」

「お兄ちゃんたち、来ないの?」

「来ればいいのに。もう少し、話したかった」

 見るからにしょげる双子を見て、ユーギが大きく手を挙げた。

「それはぼくたちも!」

「次、ここに来た時の楽しみに取っておこうよ。その時、もっと色んな話が出来るんじゃないかな?」

 春直諭すように提案すると、ユキが「それいい!」と食いつく。

「ぼくらも、またここに来る理由になるしね」

「また、来てくれる……?」

「うん! 今度はたくさん遊ぼうよ」

 不安げなテトラに、ユーギが笑みを向ける。するとトモラが、ぼそりと小さな声で言う。

「ぼくらがもっと大きくなったら、遊びに行くよ」

「お、言ったな?」

 呟きを聞きつけた唯文が笑い、聞かれたと知ったトモラがサッと顔を赤くした。

「な、何も言ってないからな!?」

「おお、ツンデレ……」

「違うから! テトラ、ニヤニヤするなよ」

「だって、トモラがそんな顔するなんてさ、嬉しいんだもん」

 くふふと笑う双子の片割れを睨み付けた後、トモラは後ろを振り返る。もう目と鼻の先に自宅が見えていた。

「リンお兄さん、種はあと幾つ?」

「あと一つ、だな」

「そう。……きっと、お兄さんたちなら大丈夫だよ。最後まで、絶対に諦めないでね」

「ああ。ありがとな、トモラ」

「へへっ」

 ニッと笑ったトモラは、名残惜しそうにするテトラの手を引き、自宅へと駆け出す。テトラは驚いた様子だったが、すぐ笑顔になってリンたちに手を振った。

「またね!」

「元気でな」

「皆さんのご武運、お祈りしております」

「ありがとうございます、アサルトさん。お元気で」

「ええ、皆さんも」

 アサルトは丁寧に頭を下げると、双子に呼ばれて家へと帰って行く。戸が閉まるのを見届けて、リンは「宿に戻りましょう」と踵を返した。


 宿へ戻ると、克臣とジェイスが疲れて途中で眠ってしまったユーギと春直を彼らのベッドへ送り届けた。最年少の二人は、歩きながら船を漕いでいたのだ。

「よく寝てるな、二人共」

「そうだね。寝顔を見ると、ほっとするよ」

「わかる」

 克臣とジェイスはそう言って笑い合い、そっと部屋の戸を閉じた。

 二人して足音を忍ばせながら、隣の部屋へ向かう。そちらには、まだ起きているメンバーが集まっていた。彼らが戻ると、晶穂が腰を浮かせる。

「お帰りなさい。二人は寝ちゃいましたか?」

「ぐっすりだな。朝まで起きないだろ、あれは」

「ほっとしたんですよ。やっと九つ目の種を、無事に手に入れられたんですから」

 唯文が言い、克臣は「違いないな」とからりと笑った。

「唯文とユキは、まだ眠くなさそうだな」

「ぼくらも、眠くなったら寝るよ。ただ、兄さんたちはミーティングするんじゃないかって思ったから」

「ご明察、だな」

 一口コップの水を飲んだリンは、無意識にバングルをさすった。その仕草を、晶穂が静かに見守っている。

「……みんなのお蔭で、九つまで種を集めることが出来ました。あと一つ、それが何処にあるか。見当をつけてから動きたいっていうのが本音ですね」

「今まで、このソディールにある大陸は全て回ってきたけど……あと残っているのは?」

神庭かみのにわ、くらいのものだと思います。ジェイスさん」

 ソディールの世界地図を頭の中に思い浮かべ、晶穂は答える。

 ソディリスラ王国、ノイリシア、竜化国、そしてスカドゥラ王国。大陸は全て回ったが、この旅を始めて未だ足を踏み入れていない地は、神庭と呼ばれるソディリスラとノイリシアの間にある禁足地のみ。

 晶穂の答えに「そうだね」と頷いたジェイスは、リンに視線を向けた。それに気付き、リンは腕を組んで口を開く。

「あそこのことなら、甘音やレオラたちに聞くのが早いでしょうね。彼らなら、そこに住んでいるんですから知っている可能性が高いです」

「だな。クロザたちに頼んで連絡を入れても良いし、直接でも良いか」

 克臣が応じ、手元の端末を操作しようとして、ふと視線を感じて顔を上げた。そして、ふっと小さく吹き出す。

「そんなに物珍しかったか、ジスター?」

「あ、いや……。神庭は、誰も入れない、文字通り神の領域だと聞いている。そっこに入ったことがある、まして住んでいる人がいるという話に驚いただけだ」

「そうか。ジスターはまだあの子たちに会ったことはなかったね。しばらくずっと一緒にいるから、昔からいるような感覚でいたよ」

「そうでしたね」

 ジェイス同様に思っていたリンは、連絡を克臣に任せてジスターの方を向いた。

「実際に見た方が早いと思うんだが……俺たちは、この世界の創造神と知り合いなんだ」

「は?」

「驚くよな、普通。俺たちだって、今でも信じられないことはあるくらいだし。話せば長くなる。多分、睡眠時間削らせることになる」

 だから、とリンは言う。明日、移動しながら話すと。

「……頼む」

 ジスターが頭を抱えつつ、頷いた。彼にとっては、神は物語の中や神話、信仰の対象という感覚しかない。まさかその存在が実在して、リンたちと知り合いだということに頭がついて行かないのだ。

「ああ。――あ、克臣さん。どうですか?」

 連絡を追えたらしい克臣にリンが尋ねると、克臣は軽く端末を振ってニヤリと笑った。

「晶穂の予想が当たっているみたいだぜ」

「じゃあ、最後の種は……」

「明日の朝一で、ソディリスラに戻りましょう」

 ソディリスラに戻り、神庭を訪ねる。最後の種を探す新たな旅が始まろうとしていた。

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