第680話 九つ目
「足元に気を付けて」
テトラの言葉に頷きつつ、リンたちは山を登り続ける。戦っている間に昼過ぎになっており、冬とはいえ日差しが温かい。
「唯文兄、大丈夫?」
「ああ。これくらいなら」
後方では、白龍との戦いで最も負傷した唯文を案じるユーギと応じる唯文の声がする。戦いでの深めの傷は晶穂の力で癒やしたが、完治はしないためだ。
彼らの後ろから、春直と克臣がその様子を見守っている。
「きつかったら言えよ? お前一人くらいなら背負えるから」
「克臣さん、ありがとうございます」
「唯文、そいつの扱いは雑でも良いよ。……全く、無茶をするんだから」
振り向き、ジェイスが大袈裟にため息をつく。それに対し、克臣は「悪かったよ」と肩を竦めた。
「前と後ろで操る奴が違うんだって思ったら、じゃあ真ん中を押さえたらどうなるのか……気になるだろ?」
「結果としてよかったけど、ね。あまり無理はするなよ?」
「ああ」
ジェイスが本気で心配していることがわかるから、克臣は素直に頷くだけだ。そういうところが、彼の良いところでもある。
「……仲、良いんだね」
ぽつりというテトラの呟きを聞き取り、晶穂はふわりと微笑んだ。
「うん。みんなお互いを思い合って、信じてるから。みんなに支えてもらって、わたしもここにいられるんだ」
「ふぅん」
「何か、語っちゃったね。あ、もうすぐなんじゃないかな」
照れ隠しに山の上の方を見た晶穂は、草木の繁った向こう側が眩しくて目を細めた。テトラとトモラがいち早く駆け出し、客人たちを迎える。
「こっち。この先に、種を祀った社があるんだよ」
「この先へは、ぼくたちの許しがないと進めないし、そもそも見えないんだけどね」
双子の言う通り、山頂には何もなかった。がらんとした空き地が広がり、木々が空き地を囲んでいる以外に何も無い。
二人のあとすぐに頂上へ到着したユーギがぐるりと見回し、首を傾げる。
「何もないね」
「そう。だから、言っただろう? 許しがないと、見えないんだ」
笑ったテトラが、トモラと二人横に並んで目を閉じる。見えないはずなのに同時に顔を上げ、言葉を唱えた。
「「――我ら、種の守護の双子。我らの名において、社の扉を開ける。いざ社よ、その姿を現せ!」」
突然、地面が揺れた。ゴゴゴッという地響きと共に、リンたちの前になにかがせり上がってくる。
(いや、地面は揺れていないのか……?)
見れば、木々は一切揺れていない。ただ風が止み、地響きのような音が地中から近付いてくる。
やがて音の主は、その姿を現した。
「……っ」
「大きい……」
建ち上がったのは、荘厳ささえ漂わせる社だった。瓦葺きの屋根は、日本の寺社によく似ている。立派に育った木材を組み合わせ、見上げる高さの建物を作り上げている。
「この中に、種が?」
「そうだよ、お兄ちゃん」
「みんな、ぼくらについて来て」
見た目はそっくりなのにかかわらず、声のトーンは全く違う。テトラとトモラは怯むことなく扉に手をかけると、ぐっと押した。
ギィッと音をたて、社の扉が開く。社の中は蝋燭の明かり一つもなかったが、双子が足を踏み入れた瞬間、通路の両側にぼんやりとした明かりが灯った。
「行こう」
双子を見失わないように、リンたちは少し速足で社の通路へと入る。二人横に並んで歩くのが精一杯の道を進むと、曲がり角もなく再び大きな扉の前に辿り着く。
扉の前で待っていた双子が、リンの手を引く。導かれるまま、リンは扉に手をかけた。
「そのまま押して。ぐーって」
「開いたら、種がお兄さんを待っていたっていう
「わかった」
言われた通り、扉をぐっと押す。五メートルはありそうな扉を力いっぱい押すと、重々しい音が響き、人一人分程の隙間が開いた。
リンが扉の内側に入ろうと一歩踏み出すのとほぼ同時に、内側から白い光が溢れ出す。思わず足を止めたリンの目の前に、ふよふよと何かが飛んで来る。
「何だ……?」
飛んで来たものを掴み、手を開く。すると、光を失ったそれの正体がわかった。花の種だ。
「銀の花の……」
「そう。扉の奥は、龍の住まう世界だと言われてる。その世界で、種は守られているんだ」
「ただし、試練を乗り越えた者が現れて、更にその者が種に認められる存在だった場合のみ、扉が開いて種が渡される」
「ぼくらもこの奥のことは知らない。少なくとも、こことは違う世界なんだと思うけどね」
だから、持って行って。トモラとテトラに言われ、リンは頷く。
「わかった、ありがとう」
種をバングルの石に近付けると、やはり二つは共鳴した。そして石の中に種が吸い込まれると、ぼんやりと温かくなる。
「……これで、九つ目」
「あと一つだね、リン」
「ああ。アサルトさんのところに戻ろう。トモラとテトラを家に帰さないとな」
リンがくるりと振り返ると、双子が顔を見合わせてニッと笑った。
銀の花の種は、残り一つ。それが何処にあるのかまだわからないが、一旦山を降りなければならない。
双子を先頭に、一行は山を降りた。そして登山口にアサルトがおり、彼らを出迎えることとなる。
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