第679話 試練の行方
白龍は手に入れた翼を大きく羽ばたかせ、風を生み出す。そよ風とは比べ物にならない程に強い風がリンたちを襲い、春直がよろめいた。
「大丈夫か、春直?」
「ありがとうございます、克臣さん。風にあおられてしまいました」
「それで済んでよかったよ」
克臣は春直の肩をポンッと軽く叩くと、こちらを
「二度も三度も同じ手を食うかよ」
呻いた唯文は、羽ばたきで生まれた風を斬撃で裂く。彼が切り開いた道を、ユーギと春直が突っ走る。
「はあっ!」
ユーギが真っ正直に正面から回し蹴りを繰り出すと、白龍は余裕の顔で素早く尾を動かしユーギを弾こうとした。しかし彼の後ろから飛び出した春直が操血術を駆使し、赤い光を伸ばして白龍の尾を捕まえる。白龍は振り払おうとするが、そう思って焦れば焦るほどからまって抜け出せない。
「どうだ!」
「ぼくだけだと思ったら大間違いだよ」
着地した春直とユーギが操血術に捕まった白龍が逃げないよう、しっかりと手綱を握り締める。力比べになれば勝てる見込みはないが、白龍側も力くらべで勝ち負けを決めようとは思っていいないらしい。
「……!」
「あ、やばっ」
顔色を変えた春直が見たのは、操血術で絡みついた赤い糸を龍の息吹が伝っている様子だった。細く長く吐き出すことで、より細い糸に添わせている。
(頭良過ぎない!?)
春直は慌てて糸を地面に広がった術式に埋め込むと、その場をユーギと共に離れる。その途端、根元まで達した息吹が爆発を起こした。
「くそっ、硬いな!」
同時刻、克臣とリンは白龍の尾にもてあそばれていた。巨大な龍の尾はしなやかに動き、更に鱗のお陰もあって捉えどころがない。今も大剣が弾かれ、克臣は奥歯を噛み締めた。
「前と後ろで全く別のことをしている、というのは難敵ですね」
「ああ。それを可能にしてるのが、双子ってことだな」
「そのようですね」
龍の攻撃をさばきながらちらりと見ると、双子がそれぞれに白龍に指示を出している。五歳という年齢に似合わず、的確に相手の隙を突く。
テトラが前を、トモラが後ろを操っている。
リンたちの方にいるトモラが、切り株に座って頬杖をついた。
「……あんたら、かなり強いな」
「今更か。比較対象がないもんで、自分たちがどれくらいの実力を持っているかってのはよくわかってねぇんだよな」
克臣がニヤリと笑って謙遜すると、トモラは首を横に振った。
「それでも、強い。だけど、ぼくらも任された以上は
「それで良い。俺たちはその上をいき、種を手に入れる」
「やってみなよ、リンお兄さん」
トモラの煽りに応え、リンは魔力を籠めた剣を勢い良く叩きつける。それを難なく受け止めた白龍だが、克臣がその横から飛び出して背中に乗ったことでパニックを起こす。
「は、白龍!?」
「ここ、丁度真ん中みたいだな。さあ、どちらの指示で動く?」
「くっ……」
トモラが呻いた時、テトラも白龍の変化に気付いた。克臣が背中にまたがっていることに気付き、ぎょっとする。
「え、ええっ!?」
「流石、克臣。突拍子もないことをするね」
「いいなぁ、克臣さん! ぼくも乗りたい」
「そ、そういう問題ではないんじゃ……?」
晶穂の弱々しい困惑は、ジェイスの「気にしなくていいよ」という言葉で落ち着く。
克臣は振り落とそうと暴れる白龍の上で器用にバランスを取りながら、仲間たちに向かって声を張り上げた。
「俺が耐えられるうちに、一気に仕留めろ!」
「無茶言うな……」
ジスターが苦笑し、それでも魔獣たちをけしかける。
「阿形、吽形。頭と尾に分かれてかく乱してくれ!」
魔獣たちが前後に分かれ、右に左にと動いて白龍の視界を邪魔する。それにいら立ち、龍は阿形と吽形を追おうとした。そうすれば当然、身動きが取れなくなる。
前に行こうとする頭と、後ろを叩こうとするしっぽ。伸び合った結果、龍の体が悲鳴を上げた。
「今だ!」
リンが駆け出し、構えた剣を振り上げる。同じ時、ユキも氷の弓矢を構えていた。
「兄さん!」
「ユキ、一気に行くぞ」
「うん」
そこからは、阿吽の呼吸に近い。兄弟の連携を察した仲間たちが、器用に暴れる白龍の攻撃を躱しながら上回っていく。ジェイスと春直がそれぞれの場所から白龍を拘束し、支度が整う。
「おおぉぉぉぉっ!」
「やあぁぁぁぁっ!」
リンが斬撃を放ち、ユキは氷の矢を射る。二つの攻撃か前後から白龍を襲い、身動きの取れないその体の前後にヒットした。
「がっ……グアァァァァァッ」
身をよじり、顔を背けて白龍が苦しむ。それを見たトモラとテトラが同時に息を呑んだ。光の魔力と氷の魔力が合わさり、白龍の体を包んでいく。
「なっ……」
「――っ」
双子が手を伸ばす中、白龍はふっと力なく目を閉じると柔らかに形を崩して消えていった。
「やった……か」
「みたい、だね」
巨大な姿が消え、リンとユキは顔を見合わせて笑い合う。他の仲間たちもそれぞれに息をつき、肩の力を抜いた。
「トモラ、テトラ」
リンが一歩踏み出すと、テトラが涙目で顔を上げる。彼にしがみつき、トモラは肩を震わせてた。
「……約束は約束。ぼくらの負けだね」
「くっそ……、ぐすっ。守護の役割を果たせなかった。種を、渡すべき相手にしか渡さないってずっと前の、はじまりの守護との約束なのに」
「トモラ、約束は守れてるよ」
テトラがトモラの背中を撫で、微笑む。トモラが涙をいっぱいに溜めた目で彼を見ると、テトラはもう一度笑った。
「トモラ、言ったじゃない。守護の役割は?」
「……渡すべき相手にしか、種を渡さない。戦うことでそれを見極め、判断すること」
「そうだよね。ぼくら、それを守れてないかな?」
「……そんなことない」
ぐいっと袖で涙を拭い、トモラはその気の強い表情でリンを見つめた。
「リンお兄さんたちのこと、守護として認める。……ついて来て」
「種のところまで連れてってあげるよ」
「宜しく頼む」
双子に導かれ、リンたちは再び山を登り始めた。
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