第677話 待ち合わせ

 翌日、アサルトからの連絡が宿に入った。スタッフからの電話でそれを受けた晶穂は、リンたちに朝食の席で伝えた。

「アサルトさんから?」

「そう。今日の午前十時半に、裏山の公園に来て欲しいって」

「晶穂さん、それ何処にあるの?」

 パンにバターと柑橘のジャムを塗ってぱくついていたユキが尋ねると、晶穂は「わからなくて」と苦笑いを浮かべた。

「『何処にあるんですか』って宿の人に聞いたら、チェックアウトの時に地図をお渡ししますって言われたんだ。アサルトさんもわたしたちがこのあたりの地理に不案内なことは知ってるだろうし、地図があれば着けるかなって」

「地図があるのはありがたいね。十時半なら……あと二時間くらいかな」

 ちらりと壁の時計を見たジェイスが言い、克臣がソーセージを挟んだパンを食べ切る。

「何か用意しとくものとかあるか?」

「何もおっしゃっていなかったです。試練、でしょうか」

「まあ、昨日の今日だしな。……あと二つ。みんなの協力が欠かせない。よろしくお願いします」

 食後のヨーグルトを食べ切り手を合わせた後のリンが、ペコリと頭を下げる。それに対し、否を唱える者はここには一人もいなかった。


 確かにチェックアウト時に地図を受け取り、リンたちはそれを頼りに道を進む。地図はスタッフの手書きで不格好ではあったが、目印がきちんと書かれていたためにわかりやすかった。

「……この先、ですね」

 立ち止まったのは、山に作られた階段の前。古いのか、石段はところどころ傾いていて歩きにくそうだ。

「まるで、初代の双子が龍に出会った湖に行くみたい……」

「ちょっと神聖な雰囲気というか、背筋が伸びる感覚がありますもんね」

 晶穂の言葉に同意する春直に、唯文が「あれじゃないか?」と石段の傍に立っている長細い岩を削って作ったらしいものを指差した。

 そこに彫り込まれていたのは、山の名前らしき『龍王山』という文字。その入口だと書かれている。

「『龍王山』……」

「まさかとは思ったが、そのままだな」

「ああ。ってことは、龍の痕跡にも出会えるかもしれない。気を引き締めて行こうぜ」

 克臣の言葉に皆が頷き、山登りが始まった。

 三十分程凸凹の山道を登って行くと、やがて鬱蒼とした森が開ける。朝から日が照っていたが、山に入ってからは木々の間から覗くだけだった。今やそれが真上から降り注ぎ、リンは眩しさに目を細める。

 階段を最初に登り切ったユキが、きょろきょろと見回す。

「ここ?」

「地図によれば、ここだな」

 リンも目の前の空き地を眺め、気配を探った。アサルトに指定された『裏山の公園』は、町の背後にそびえる龍王山の中程にある空き地のことだ。公園という名を持つが、遊具は見当たらない。

 ジェイスが腕時計を見れば、待ち合わせ時刻まで十分程ある。まだ来ていないことも考える必要があるだろう。

「アサルトさんたちは一体何処に……」

 八人はそれぞれにアサルトたちを探していたが、リンと晶穂がほぼ同時に気付いた。

「あれは……」

「龍?」

 二人が見つめる先に、いつの間にか巨大な龍が浮かんでいた。体長五メートルはある。白銀の鱗に覆われた体は日の光にキラキラと輝き、真っ白な瞳がリンたちを見つめる。

「お待たせ」

「お待たせだよ!」

 龍の浮かぶその下に、よく似た面差しの少年が二人立っていた。リンとジェイス、ユキには、彼らが誰かがわかる。

「トモラとテトラか。アサルトさんは一緒じゃないのか?」

「お父さんは、守護じゃないから」

「お父さんは、お仕事行ってもらったんだ。ここからは、ぼくらとお兄ちゃんたちの時間だよ」

 トモラとテトラがかわるがわるに手を挙げて喋るところによると、彼らの父であるアサルトは仕事らしい。つまり、試練の内容は双子から提示されるということだ。

「お兄ちゃんたちには、この龍と戦ってもらいます!」

「この龍は、ぼくらが作った偽物だけど、ある程度の強さは備えている。だから、手応えくらいはあるんじゃないかな」

 茶目っ気たっぷりにウインクしたテトラが、両手を挙げた。トモラは恥ずかしいのか、片手を耳の位置まで挙げるに留める。

 双子に紹介され、白銀の龍は咆哮する。空気を震わせ、木の葉を舞い上がらせ、満足げに鼻を鳴らす。

「おっ。単純なぶつかり合いなら得意だぜ」

「力任せに行くなよ、克臣」

「わかってるよ、ジェイス」

 大剣を手にし、克臣はニヤリと笑う。

「力いっぱいやらせてもらうさ」

「克臣さん、頼りにしています」

 リンはそう言って微笑むと、手のひらから剣を引き抜いた。それを見て、晶穂たちもそれぞれに戦闘準備を済ませ、龍と対峙する。

 双子も相手の支度が整ったことを察し、顔を見合わせ頷く。そしてただ浮かんでいた龍に合図をすると、龍は再び咆哮して一気に空へ駆け上がる。

「来るよ!」

 春直が鋭く注意を流すのと同時に、龍が口を開いて空気弾を吐き出す。連続して発射されるそれを躱し、唯文は和刀で一つを両断した。

「――っ、力いっぱいやらないと弾かれそうだ!」

「おっけー! 思いっきり行くよ」

 そう言うと、ユーギは助走をつけて飛び上がる。彼を撃ち落とそうと躍起になる龍の鼻先に近付き、蹴り飛ばした。

 ――ぎゃうっ。

 ユーギに動きを合わせていたのは、同じく獣人の春直だ。操血術を展開し、ユーギの動きをサポートする。操血術で創り出したロープでがんじがらめにされた龍の鼻先に、ユーギのかかと落としがクリーンヒットした。


「よし!」


 ぐらりと龍の頭が揺れ、ユーギは次の攻撃に移るために距離を取った。

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