第676話 試練前夜
リンたちがアサルトの家に行っている間、晶穂たちは宿でそれぞれに三人の帰りを待っていた。宿のフリースペースに置かれていたスカドゥラ王国の地図を広げ、その横に図書館で集めた情報をメモしたノートを置く。地名のわかるものがあれば、そこに目印として部屋にあった小さな置物やペンを置いて目印にする。
地図を前に胡座をかく克臣は、ふむと腕を組んだ。
「うーん、やっぱりここの地域の話が一番多そうだな」
「それを中心に集めたっていうのもありますけど、そうですね。でも、時代によって話は少しずつ違うみたいです」
晶穂の言う通り、世代毎に双子が存在したメレースでは不思議な話に事欠かなかったらしい。湖の上を歩いた、飛んでいた鳥を消した、空を飛んだ。およそ、人間が出来るとも思われない話ばかりが伝わる。
全ての始まりは、湖に住んでいた龍に双子が頼まれ事をするということ。それから脈々と受け継がれてきた血筋が今、五歳の双子に託されている。
どんな不思議があれど、晶穂たちが臨むべきは守護が課す試練だ。
唯文が首を傾げる。
「試練、今度は何なんでしょう?」
「双子が満足するまで遊べ……とかならまだいいんだけどね」
「子どもの体力を甘く見たら酷い目に合うぞ、ユーギ……」
「相手は五歳だもんね。何が飛び出すか」
春直も苦笑いを浮かべ、唯文に同意した。
「まあ、流石に遊べっていうのは試練とはまた別な気がします。これまでのことを考えると、何かと戦えっていうのが一番ありそうですよね」
「だな。……正直な話、リンをあまり前線で戦わせたくない。戦うとなれば、俺もジェイスも積極的に前に出るつもりだ。種を必要としているのはリンだから、勝負を決めるのはあいつでなければならないんだろうがな」
それでも。克臣は手をきつく握り締める。
「俺の大切な弟分の一人だ。仲間を助けることに、理由なんて要らないだろ」
「かっこいー、克臣さん」
「茶化すなよ……地味に照れるだろ」
「照れるんだ」
ふふっと笑ったユーギが、ちらりと部屋の扉を気にした。そちらにはまだ、三人が帰って来る気配はない。
「団長はぼくの目標の一つだから。あと二つの種、みんなで手に入れよう」
「何でお前が仕切ってんだよ、ユーギ」
「痛い〜」
頭を捉まれ、克臣に強めにマッサージされる。ユーギは「うわぁぁ」と言いながら、展開について行けていないジスターの方を見た。
「ね、ジスターさん!」
「……えっ」
「油断していると、こうやって突然話振られますよ、ジスターさん」
目を瞬かせるジスターに、春直が微笑んで言う。戸惑いつつも、ジスターは「脈略もないな」と肩を竦めた。
「今夜はゆっくり休んで、明日あるであろう試練に備える。それで良いんじゃないか?」
「ですね。リンたちが帰って来たら、話も聞けるでしょうし。そのまま試練に突入……なんてことはないですよね?」
「それはないと思うがな」
双子に会いに行き、そのまま試練にという流れがないとは言い切れない。しかし克臣は、晶穂を安心させるためにあえてその可能性への言及を避けた。
「そろそろ寝る時間だろう、五歳ともなれば。互いに万全を期すのなら、明日が本番だと思う」
「わたしもそう……思いたいです」
晶穂は、自分が先頭において所謂後方支援向きだと知っている。それでも、リンたちを支え、力になりたい。自分が知らない間に大切な人たちが傷つくのは嫌だ、と胸の前で両手を握った。
その時、廊下の足音が聞こえて来た。複数のそれは晶穂たちのいる部屋の前に止まり、トントントンと遠慮がちなノックをする。
「――克臣、いるかい?」
「ジェイスか」
克臣はドアののぞき穴から覗いて声の主がジェイスだと確かめると、扉を開けてやる。廊下にはジェイスの外、アサルトの家に行っていたリンとユキが控えていた。廊下は冷えた空気が横たわり、克臣は急いで三人を中に誘った。
「おかえり、三人共。まずは風呂に入って来いよ」
「ただいま、克臣。みんなも、待っていてくれてありがとう」
「え、ここ風呂もあるんですか」
目を丸くしたのはリンだ。彼に向かって頷いた晶穂が、部屋に備え付けられたバスルームを指差す。
「あの向こう。ゆっくりして落ち着いたら、リンたちのお話聞かせて?」
「ああ」
そして順番に汗を流し、ようやく八人が一堂に会した。報告会と言いうことで、リンが中心となってアサルト宅でのことを説明する。
「……ということで、明日また双子に会いに行くことになった。その上で試練に臨むことになると思う」
「双子の出す試練……。それについては特になかったんですか?」
「なかったよ、春直。何を要求されるかわからないというのが、恐ろしいところだけれどな」
「そうなんだよね。兄さんも無理しないと良いけど」
「わたしたちが支えるから、リンは全力で向かえばいい」
春直に応じ、リンはジェイスとユキと言い合う。
夜は徐々に更け、深夜には皆部屋に戻って眠っていた。翌日、全力で試練に挑むために。
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