第673話 双子の父

 晶穂たちが自分のことについて話しているとはつゆ知らず、リンはジェイスの後ろでそのトーク力を目の当たりにしている。

 受付の女性は下を向いて書類仕事をしており、ジェイスには気付いていなかった。周囲は「イケメンが来た!?」とざわめいていたのだが、彼女は黙々と仕事をしていたのだ。

 そこへ、ジェイスが柔らかい笑みを浮かべて声を掛ける。

「こんにちは、お聞きしたいことがあるのですが、宜しいですか?」

「えっ……あ、は、はいっ。どんなご用でしょうか?」

 ぱっと顔を上げた女性は、ジェイスを見て固まった。リンたちにとっては毎度のことだが、彼の容貌は初見にはダメージが大きいらしい。特に女性には。

 ジェイスは特に気にすることもなく、女性にメレースの伝説に詳しい人はいないかと尋ねる。

「伝説や昔話といった類のものを調べているんです。そこで、詳しい方にお話を聞ければと思ったのですが……」

「伝説……。この町で有名な伝説といえば、双子のお話ですね。少々お待ち下さい」

 女性が席を離れ、奥へと歩いて行く。彼女のもとに何人かの女性職員が集まっていくのを視界の端に捉えながら、リンはジェイスに「流石ですね」と苦笑しつつ言った。

「ジェイスさんの笑顔には、勝てない気がします」

「そんなことはないさ。怒った人よりも笑っている人の方が、相手にしたいだろうと思っただけだよ」

「それが普通に出来ちまうのが凄いんだよ、ジェイスは」

 克臣も賛成し、ユーギもうんうんと頷く。ジェイスは「ありがとう」と微笑むと、女性が戻って来た気配に振り向いた。

「お待たせ致しました。伝説関連について詳しい者を連れてきましたので、宜しければあちらでお聞きになりますか?」

 女性が指し示したのは、役所の一角にあるミーティングスペースだ。彼女の後ろには、三十代くらいの真面目そうな男性が控えていた。

「では、お願いします」

「わかりました。こちらへどうぞ」

 男性に促され、リンたち四人はミーティングスペースの椅子に腰を下ろす。リンとユーギを真ん中に、左右をジェイスと克臣が占めた。役所の男性は、四人を見渡せる席に座る。

 リンは先に挨拶をと思い、率先して頭を下げた。

「お時間を頂いてしまい、申し訳ありません。俺はリンといいます。ソディリスラから来ました」

「わたしはジェイス。そして、克臣とユーギです。お聞きかもしれませんが、この町の伝説について詳しく知るためにここへ来ました」

 ジェイスもリンの挨拶に続き、克臣とユーギの紹介も済ませてしまう。克臣とユーギもぺこりと頭を下げ、口々に「宜しくお願いします」と言った。

 四人の挨拶を聞き、男性もふっと口元を和らげる。

「ご丁寧にありがとうございます。私は、この役所で文化財課に勤めるアサルトと申します。早速なのですが……」

 アサルトと名乗った男性は、手にして来た資料を机の上に広げてそれを指し示しながら説明をしてくれた。そこに書かれていたのは、既にリンたちが集めて知っている『双子星』の伝説通りの物語だ。

 少年と彼の兄が湖で出会った龍に頼まれ事をして、それを受け入れたために生まれるようになった双子の話。

「……というのが伝説の内容です。とはいえ、皆さん調べておられると思うので、ここからは私の家の話をしましょうか」

「ということは、アサルトさんは」

「お察しの通り、私はこの双子星が生まれる家の出身です。また、今回の双子は私の息子たちでして」

「そうだったのですね」

 道理で、とリンは頷く。そうなれば、ある程度のこちらの事情も話した方が良いだろう。

 リンが仲間たちの顔を見ると、皆頷いた。だからリンは、より真剣な顔でアサルトを直視する。

「アサルトさん、これから俺たちが何故ここに来たかをお話します。その上で、ご存知のことを教えて頂きたいのです」

「理由? 学術研究ではないのかい?」

「そういう意味での興味も勿論あります。しかし……」

「アサルトさん。これは、彼の命に関わることなんです。協力して頂けませんか?」

 自分の命がかかっている、とは流石に言い辛い。言葉に詰まってしまったリンに代わり、ジェイスが身を乗り出した。

 アサルトは目を見張り、四人を順に見た。そして誰も視線をぶれさせないのを見て、すっと立ち上がる。何をするのかと思えば、ゆっくりとミーティングスペースの入口に付いていたカーテンを閉める。そして、リンたちの方を振り返った。

「……話してくれますか。全てはそれからです」

「はい。俺たちは……」

 それからリンたちは、互いの話を補い合いながら銀の花の種探しについて、かいつまんでアサルトに説明した。幾つかの地域を回り、種の呼ぶ声に従ってそれを守る守護が与える試練を乗り越え種を手に入れてきたことを。

 四人と仲間たちの戦いについて聞き、アサルトは始終目を丸くしていた。何度も危険な目に合ってきた若者たちの話は荒唐無稽にも聞こえたが、彼らの真剣な瞳が真実だと訴える。

「……」

 話を聞き終え、アサルトは視線を彷徨わせた。それを見て、リンは「すみません」と苦笑いした。

「突然こんな話、驚かれますよね。戸惑われて当然だと思います」

「勿論、驚きました。同時に……息子たちが以前言ったことを思い出したんです」

「言ったこと?」

 ユーギが聞き返すと、アサルトは「はい」と頷いた。

「二人が言ったんです。……『ぼくたちは、こいつか来る人に渡すべきものを持ってるんだ』と」

「『渡すべきもの』」

 アサルトの言葉に、リンたちは顔を見合わせた。

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