第672話 隠していても気付かれている

 馬車に乗ってから約四時間後、リンたちはメレースの乗合馬車降り場に立っていた。馬車をぶっ通しで引いてきた馬たちは特に疲れた様子も見せず、御者に水と食事をねだつている。まだ走れるという涼しい顔だが、馬の表情は共に過ごす者にこそよくわかるだろう。

 メレースの町は、王都周辺に比べれば落ち着いた田舎町といった雰囲気だ。ここに来るまでに幾つかの停留所があり、メレースで降りたのはリンたちとあと数組だった。

「さて、ここがメレースか」

「南だからか、少し暖かく感じるね」

「上着いらないんじゃない?」

 早速上着のボタンを外すユーギに、克臣が「おいおい」と笑いかける。

「だからって上着は前を開くだけにしとけよ? 風邪ひきに来たわけじゃないからな」

「わかってるよ、克臣さん」

 本格的な冬は、もうすぐそこまで迫っている。こんな時に、薄着では動けない。

「ここから、どうやって守護を捜すんですか? 見たところ……人通りが少ないんですが」

「心配しなくて良いよ、春直。この道を行ったところに、役所兼観光案内所があるようだから、そこで伝説について詳しい人がいないか聞いてみよう」

 ジェイスが指差したのは、起伏の少ない道を進んだ先にある大きな建物だ。他よりも大きく目立つそれの前には、読みやすい文字で『メレース役所』と書かれている。

 一旦行くべき方向が決まり、リンたちは歩き出す。

 そこで、リンはふと隣を歩くユキに声をかけた。

「そういえば、ユキ。お前たち、馬車の中で乗客と話していたよな。何を話してたんだ?」

「ああ、あれ? そっか、兄さんたちは通路挟んでたし、ぼくらも声を抑えてたから聞こえなかったよね」

 ユキの言う通り、リンたち年長組とユキたち年少組は席を分かれていた。馬車の中ということもあり、他の人を気にして大きな声では話さなかったのだ。

 更にリンは、ある事情で周りの声をきちんと聞いている余裕がなかった。自ら望んだことだが、今思い出しても恥ずかしくなる。

 リンの心情を知ってか知らずか、ユキは「前の席に座っていたおばあさんが教えてくれたんだけど……」そう前置きをした。

「おばあさん、この辺りの出身らしくて、今も住んでいるんだって。だから伝説とかも知っていて、簡単にだけど教えてくれたよ」

「そうなのか。話は、あの絵本と同じだったか?」

 リンが尋ねると、ユキはうんと頷く。

「ほとんど同じだった。あ、でも」

「でも?」

「双子が生まれる家は、毎回同じなんだって。何十年に一度だから、みんなお祝いするらしいよ。その家は代々町長とか役所の職員とか、何かしら町に関わる仕事をしてるみたい」

「そうそう。で、今の双子はまだ子どもなんだって言ってた」

 先を歩いていたはずのユーギも加わり、メレースの双子について情報がまとまっていく。

「双子は五歳くらいらしいよ」

「彼らのお父さんが、役所で働いてるって言ってた」

「……情報は有り難いんだが、よそ者のお前たちによく教えてくれたよな」

 リンは、姿を見ただけの女性に対して感謝と共に不安を覚えた。とはいえ、そこは弟たちの聞き込み能力のお蔭だと思い直す。

 そうして雑談を交えながら歩いていると、役所の階段に足をかけていた克臣が振り返った。

「リン、全員で行くか? この人数は流石に多いような気がするが」

「そうですね……。では、俺とジェイスさん、克臣さんとユーギで。他のみんなは、少しここで待っていてくれ」

 リンが言うと、晶穂たちが素直に頷く。

「わかった。待ってるね」

「行ってらっしゃい」

 中に入ると、役所というよりも観光案内所だと紹介された方がしっくりと来る内装だった。町の名所や美味しいものについて書かれたポスターが壁いっぱいに貼り付けられ、明るいBGMが流れている。

「あそこが窓口かな」

 ジェイスが見付けたのは、受付と書かれた札のかかっている窓口だ。彼を先頭に、四人は窓口にいた女性に話し掛けた。

「さて、何処で待っていようか」

 一方、晶穂は役所の目の前で待つのもよろしくないだろうと考えていた。周囲を見回すと、丁度近くの空き地に数本の木が立っている。

「みんな、あっちで待っていよう。ここだと、役所に来た人の邪魔になっちゃう」

「そうですね。団長たちをあっちで待っていましょう」

 春直が同意し、留守番組は空き地で待つことにした。空き地は背の低い雑草が茂り、踏むと柔らかい。

 晶穂と春直が並んで切り株に腰を下ろすと、丁度ユキが「晶穂さん」と目の前に立った。

「どうしたの、ユキ?」

「晶穂さんは、兄さんの症状が何処まで進んでるか知ってる……?」

「えっ」

 真剣な表情で、ユキが問う。

 晶穂はどう答えたものがと迷ったが、ふと目が合った春直の顔に息を呑む。彼もまた、不安げな空気を持ちながらも真剣な顔をしていたから。気付けば、唯文とジスターもこちらを見ている。わずかに視線を逸らしているのは、圧をかけないための彼らなりの優しさかもしれない。

 それでも迷いを見せる晶穂に、ユキはわずかに目を伏せた。

「ごめん、晶穂さん。こういう時じゃないと、訊けないからさ。兄さん、多分めちゃくちゃ無茶してるよね」

「気にしないで。それに、みんながリンのこと心配するのは当然だよ。……リンもそうだけど、みんな、仲間をちゃんと見ている人たちだから」

 困り顔で微笑み、晶穂は深呼吸をする。リンはきっと、自分が苦しんでいることを仲間に気にされたくはないだろう。しかし、もう仲間たちは察して案じている。

(後で、怒られるかな。だけど、ここまで来てみんな関係ないなんてことはないから)

 晶穂は胸に手を当て、息を整える。ふと気付くと、春直が空いている手を握ってくれていた。「ありがとう」と笑うと、彼もはにかむ。

「リンの痣は、今この……」

 手を自分のデコルテのあたりに持っていく。

「首元まで広がってる。少なくとも、上は」

「足元は多分、足首までは来てると思う。兄さんは最近、足首まで隠れるパンツしか穿かないから」

 ユキが付け加え、晶穂も頷く。

「リンは隠してるけど、痣に体力と魔力を持っていかれていると思う。痣にというか、毒から体を守るために力を割いている感じかな」

「……オレたちには、直接出来ることはないのか?」

「それが種を集めること、ですよね、晶穂さん」

 唯文に問われ、晶穂は「うん」と肯定した。残り、種は二つ。それらを早急に集めることで、リンの苦しむ期間は短くなるはずだ。

「だから、この町の双子から種を受け取らないと。出来るだけ、早く」

「うん。ぼくももっと頑張ろうって思うよ」

 ユキが拳を握り締め、全員の心を代弁するように言い切った。

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