第671話 馬車の旅
乗合馬車乗り場は、図書館を出て十分も経たずに見付けることが出来た。乗車券売り場で行き先を告げると、馬車の乗り場を教えてくれる。その通りに乗り場へ向かうと、丁度乗合馬車がやって来た。
初めて乗合馬車を見たユーギが、目を輝かせる。
「あれに乗ればいいの?」
「ああ、そうだな」
「あんまりはしゃいで、他のお客さんに迷惑かけんなよ?」
「克臣さんじゃないから、大人しくしてるよ」
ユーギは笑って切り返し、馬車から降りて来た御者の男性に乗車券を見せた。すると御者はそれに使用済みのスタンプを押し、返してくれる。
リンたちもユーギに続いて乗車券にスタンプを押してもらい、順に乗車する。
乗合馬車はリンたちだけでなく、既に五、六人の乗客を乗せていた。バス一台分程の座席と広さがあり、馬車を引く馬は三頭いる。座席は、二人ずつ座れる席が通路を挟んで一つずつ並んだ。
「ユーギ、先に座れよ。外がよく見えるだろ」
「わかった。ありがとう、唯文兄」
「春直もそうしなよ。乗物酔いもしにくいと思うよ?」
「ユキがそう言うなら……先に乗るね」
年少組は外の景色がよく見えるよう、ユーギと春直を窓際にして縦に並ぶ。年長組は通路を挟んで、リンと晶穂、克臣とジスター、そしてジェイスが座った。
この並びに、ジスターが戸惑う。
「オレは、一人でも良かったんだが……」
「それはわたしのセリフだよ。それに、きみは自分からはあまり来ないだろう?」
「そう、だな」
「まあそれを抜きにしても、しばらく馬車に乗らせてもらうんだし細かいことは言わないで良いだろ」
ニヤッと笑った克臣がそう言った時、丁度御者が出発時間だと告げた。
「皆様、揺れますのでお気をつけて」
ガタンッと車輪止めが外された拍子に馬車が揺れ、落ち着く間もなく動き出す。前に引っ張られるような感覚を覚え、リンは前についていた手すりに
動き始めてしばらく経つと、馬も慣れて来るのあまり振動を感じなくなる。ガタゴトという乗り物らしい揺れに身をゆだねながら、リンはぼんやりと隣の晶穂越しに窓からの景色を眺めていた。
(り、リンの視線を凄く感じる。何か緊張してきた……)
しかしそれは同時に、晶穂からすれば彼氏にじっと見つめられることに近い。勿論、晶穂も自分が見られているわけではないことは承知しているが、心臓はドキドキと早鐘を打つ。
「あの、リン……」
「ん? どうした、晶穂」
まさか、自分が景色を見ているが故に彼女を恥ずかしがらせているなどとリンは思いもしない。隣を見れば、顔を赤くして目を逸らす晶穂がいた。
何か、自分が困らせているらしい。リンは何となくそう考え、しかし解決策も思い浮かばずにどうしたものかと考える。そして座席に隠れて周囲からは見えないことを思い出し、少しだけ思い切ってみる。
「……」
「――っ」
素知らぬ顔をしたリンとは違い、晶穂はもう顔を上げられない。座席に置いていた手の指に、リンの指が緩く絡んでいる。痣隠しのグローブをつけているせいで肌の感触とは違うが、そんなことは問題でないほどに晶穂の心臓はドクンドクンと拍動していた。
(……かわいい)
ポーカーフェイスを装いながら、リンもかなり緊張している。口から心臓を吐き出しそうだと思いながら、精一杯の甘えを指で示す。触れた部分が熱く感じられ、リンは窓の方を見られなくなってしまった。
二人して互いを一切見なくなったことには、後ろの座席に座っている克臣がいち早く気付いていた。彼にとって、弟分たちの恋模様は癒しであり、格好の玩具だ。
「……ジェイス」
「どうかした、克臣? ……ああ」
小声で呼ばれ、ジェイスは最後尾の席から顔を覗かせる。そして、克臣が指差す一つ前の席の二人の後頭部を見てぼんやりと察した。克臣がニヤニヤとしているため、ジェイスの予想は大きく外れてはいないだろう。
「克臣、折角隠れているんだから邪魔するなよ?」
「わかってる。とりあえず、俺たちはメレースへ行ってからのことを考えておこうぜ。ほら、ジスターも」
「わ、わかった」
克臣に促され、ジスターは年長組のミーティングに加わる。三人はこれまで得た情報をもとに、メレースでの動きを確認していく。
一方通路を挟んで向かいの席では、年少組が前の座席に座る老女と話をしていた。
「あなたたち、ご兄弟? たくさんなのねぇ」
「あー……うん、兄弟みたいなものです」
品の良い白猫の獣人の老女に話しかけられ、ユーギと唯文が受け答えする。
「そうなの、仲良しなのね。皆さんでご旅行かしら?」
「うん、そうだよ。これからメレースっていう町に行くんだ。おばあさん、何か知らない? 噂とか伝説とか何でも」
「そうねぇ、メレースにはずっと住んでいるんだけれど」
無邪気な笑顔で、ユーギは老女から話を聞き出そうとする。その手腕は銀の華で活動する中で培われた技術のようなものだが、本人にはその自覚はない。ただ、相手が目的地について知っていることがあれば聞いておきたいというくらいの気持ちしかないのだ。
だからこそ、相手も要らぬ警戒心を持たずに口を開いてくれる。
「じゃあ、私が子どもの頃に聞いた伝説のお話をしましょうか。メレースまではまだ時間があるから、年寄りの暇潰しに付き合うと思って聞いてくれるかしら?」
「是非、聞かせて下さい」
身を乗り出しそうになるユーギを隣の唯文が押さえ、気付いた春直とユキが後ろから顔を出す。小さな聞き手が増え、老女は嬉しそうに語り始めた。
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