第665話 砲撃乱舞

「何の音だ?」

 リンたちが崖の上で戦闘を開始したのと時を同じくして、崖下に配されていた軍人の一人が首をひねった。ここ毎晩聞こえていた大砲の音と、今聞こえているものは明らかに違う。頻度も大きさも、音から感じる重さも。

「おい、見ろよ!」

 誰かが崖の上を指差す。そちらに視線が吸い寄せられ、皆が驚愕の表情を浮かべた。まさかと誰もが思うが、現実なのだから仕方がない。

 その時、丁度現場の監督官である美女がしさつから帰って来た。待っていましたとばかりに、兵士の一人が彼女に駆け寄る。

「ベアリー様!」

 呼ばれたのは、スカドゥラ王国の女王側近であるベアリーだ。男物の軍服に身を包んだ姿は凛々しく、近寄りがたい雰囲気を醸し出す。

 ベアリーは顔をしかめると、やって来た男へ向かって目をくれた。

「何だ、騒々しい。報告を」

「はっ。崖の上に人がいます」

「……人が? 何を馬鹿な。崖下唯一の道は、私たちが塞いで……っ!」

 ドンッと更に大きな発砲音が響く。犬人であるベアリーは大きな音にビクッと体を震わせ、すぐに我に返る。瞬時に頭を回転させ、最適解を探す。

 崖の上を見れば、確かに何人かの人影が見えた。しかも砲台は、これまでに一度も発砲しなかった実弾を発射している。彼らが何者であろうと、ベアリーにはすべきことがあった。

「突破されたのならば、仕方がない。隊を三つに分け、一つは崖の上へと向え。彼らを安全な場所まで誘導するんだ。残りはアンバーダリオの町を警戒。大砲が実弾を使っているのが見えた。町の人々の安全を最優先に動け!」

「はっ」

 ベアリーの命令に、三十人もの男たちが動く。滞りなく三つの隊に分かれ、若干揉めた後に三分の一が崖の上へと向かう。


 一方、リンたちは大砲に近付けずに苦戦していた。大砲が一度に放つ実弾の数は、たった一つ。しかしその勢いが凄まじい上に連射も可能なのだ。

「くっそ! 全然近付かせないじゃん!」

「ユーギ、距離取って」

 紙一重で弾を躱したユーギが反撃しようとしたところを、春直が制する。彼らの間を次に発せられた弾が突き抜け、二人は瞬時に左右へとわかれた。

「ちっ」

 弾が向かった先にいた唯文が、野球のバットを振り抜くように和刀を使って弾を両断する。断たれた弾は空中に消え、その足跡を残さない。

「唯文、よくやった!」

「団長、来ます!」

 それぞれに声をかけ、互いを守る。それでも何度か弾丸がかすり、軽傷は免れない。

「みんなのこと、絶対守ります!」

 晶穂の宣言通り、皆怪我を負ってもかすり傷程度だ。何故なら、晶穂の神子の力が全員の体を最小限守っているから。

(出来るなら、全員無傷にしたい。……でも)

 神子の力は、万能ではない。もしも全員を無傷にしようと思えば出来ないことはないが、対価が大き過ぎる。全員無傷の対価は、最悪の場合晶穂の命と引き換えとなるのだ。

「それだけは、絶対に許さない」

 リンはそう言い切り、他の仲間たちも決して首を縦に振らない。だから晶穂は最低限の力の行使に留め、自らのことも守っている。

 それでも力を使うため、晶穂自身の防御は疎かになってしまう。そこは、メンバーが手を貸す。

「兄さんのため、ぼくらのために種は譲ってもらうよ!」

 ユキが氷の弓に矢をつがえ、晶穂の前に立って言う。彼の放った矢は標的を射止められなくても突き立った場所を凍らせ、味方に有利な場所へと変えていく。

「いっくぜ!」

 氷の柱の上にいた克臣が、滑り降りながら剣を構える。そしてスピードに乗ったまま跳んで、大砲の上を取った。

 当然、近付いてきた敵に対して大砲は容赦などしない。連発される砲撃だが、銀の華側も無策ではない。

「無茶だよ、克臣」

「お前を信じてんだよ」

 そんな軽口を叩きながらも、ジェイスは確実に克臣の前に小さな壁を幾つも創って砲弾から守ってやる。ジェイスの壁を破ることは守護であっても一度では困難であり、数弾があたってようやくヒビが入った。

 その間に克臣は大剣を振り下ろす。ガキンッという音が響き渡り、克臣の「硬っ」という呻きと重なった。

「くっ……一発では無理か。って、どわっ!?」

「克臣さん!」

「克臣、至近距離で全ての弾丸から守ることは出来ないからな!」

「いや、この至近距離でなんで弾があたるんだよ!?」

 克臣は今、大砲の上に立っている。そんな彼に砲撃をあてることなど不可能なはずだが、大砲の弾が意思を持っているかのように自在に動いて獲物を狙う。

「距離も角度も関係なしか!」

 弾のほとんどを叩き落としながら、克臣が叫ぶ。

 それならば、とリンも彼に続いて大砲へと真正面から向かって行く。当然標的とされるが、斬り進む。

「リン!」

 正面から攻撃しても駄目だと悟ったのか、砲弾は真っ直ぐではなく死角を突く軌道へと変えた。たくさんの砲弾に紛れ、一つが大きく迂回してリンを背后から狙う。それに気付いたジスターが、水流で弾を押し流した。

「助かった」

「ああ、だがきりがないぞ!」

 ジスターの言う通り、砲弾は無尽蔵にも感じられる数だ。同対処するのか正解か、皆わからなくなっていた。

 その時、氷の壁の外側から声が聞こえたのだ。

「こんなところで何をしている、お前たち! 立入禁止区域から離れろ!」

「――っ、ここまで来るとは」

 リンが苦々しく呟き、皆の意識が一瞬そちらへと向けられる。

 それは、崖下にいたはずのスカドゥラ王国軍の一部だった。

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