第664話 アンバーダリオ
作戦会議を含めた早めの夕食を摂り、リンたちは大砲の音が夜な夜な聞こえるという噂のある町、アンバーダリオへとやって来た。
アンバーダリオは西の町だということだったが、それは王都かつ貿易港でもあるレディーサから見て西側にあるという話だ。東西に広い大陸であるスカドゥラ王国には、更に西にも国土が広がっている。西に行けば行くほど地方という区分になるらしい。
(王都に近い町で怪異なんて起こったら、そりゃあ警備も厳重になるよな)
すっかり日が暮れ、頼りになるのは町の街灯だけだ。リンたちはその街灯の明かりから外れた空き家の軒下にいて、道を行く軍人をやり過ごしていた。
以前、神庭をめぐる戦いで何度も見かけた軍服。彼らとのかかわりは極力控えた上で、目的を達成することが不可欠だ。
耳の良い狼人のユーギと犬人の唯文が耳をそばだて、警戒のため歩く軍人の足音を聞く。ザッザッという手本のような足音が遠ざかり、ユーギは息をつく。
「行ったみたいだね」
「だな。とりあえず、大砲の音さえ聞こえてくれば良いんだが……」
唯文が呟いたその時、遠くでドーンという音が聞こえた。瞬時に獣人三人が振り返り、更に周辺もざわつき始める。
立て続けにドーンドーンと大きな発砲音がして、リンは眉をひそめた。
「かなり音が大きいな」
「それに、子どもの泣き声も聞こえる。連日で慣れた子もいるかもしれないけど、ストレスだよね」
晶穂の言う通り、幾つかの家から子どもの泣き声が聞こえてきて、家々の明かりがつく。おそらく、親が気付いて起き出してきたのだろう。
頷いたジェイスが、全員に見を低くするよう促した。彼の視線は、町の中心にある時計台へと向いている。そこには、警備をする軍人たちが集まっていた。
「それに、外も騒がしい」
「……軍の連中、結構人数がいるみたいだな」
ジスターが呟き、春直が「ですね」と同意する。
「どうしますか、団長?」
「このまま隠れていても仕方がない。町を守るのはあの人たちに任せて、俺たちは闇に紛れて大砲のある場所を目指そう」
「うん、行こう」
ユキを始めメンバーが頷き、一斉に明かりへ背を向けた。夜目が効くジェイスと春直を先頭に、町の中を早足で行く。
「あっちです!」
幸いにも、遠目に見る大砲は月の光に照らされて輝いて見える。時折ぶれる気がするのは、こちらの視界が立木に塞がれるからだろうか。
「あの坂道を登れば、崖の上まで一気に行けるが」
移動を始めて三十分後、時折走ったこともあって思いの外早く崖の上まで行くことの出来る山道の目前までやって来た。しかし、ジェイスが躊躇する理由がある。
「……警備か」
苦々しげに呟く克臣の言う通り、崖下となる一帯にはスカドゥラの軍人たちが
「……おい、何で誰も行かないんだよ」
「何でも、一定距離近付くと消えちまうらしい」
「消える? あんなデカブツがか?」
「俺も聞いたぞ。だから上層部は、具体的な被害が出ないようにだけしろとお達しだ」
「ふぅん?」
聞こえてきたのは、軍人たちの世間話だ。スカドゥラ本部の意向がわかり、ジェイスは「ふーん」と腕を組む。
「つまり、軍部は大砲には近付かないってことか」
「それなら、俺たちが傍に行ったとしても邪魔されることはありませんね」
「そういうことだ」
ニヤリとジェイスが笑う。スカドゥラ王国の方針は、彼らにって渡りに船である。少々荒れたとしても、こちらに乗り込んで来る可能性は低い。
しかし、そのまま軍人たちを押し退けて進むわけにもいかない。何処かに道はないかとリンが考え始めた時、密やかに手を振る人物がいた。いつの間にか離れていたユーギだ。
「みんな、こっちに行けば上までバレずに行けそうだよ!」
「流石ユーギだな」
勝手に離れて捕まったらどうするのか。そんな説教を横に置き、リンはユーギを褒めた。
褒められたユーギは胸を張り、それから最初に裏道へと飛び込んだ。彼に続いてみんな足音を忍ばせ、上へ向かって歩いて行く。
中腹まで来ると、下の物音は聞こえなくなってくる。代わりにより明瞭になってくるのは、大砲の発砲音だ。耳を塞ぎたくなるような爆音にさらされ、獣人であるユーギたちが耳を手で塞ぐ。
「うるっさ」
「頭に響く……」
「……っ」
「確かにこれは五月蝿い……。けど、あの軍人たちが動くことはなさそうだな」
「どういうこと、兄さん?」
ユキに問われ、リンは「ほら」と指差す。その指の先には崖の上に置かれた大砲があり、発砲音をさせども何も発射されていない。
「……空砲?」
「そういうことだ。音は厄介だが、実害はないっていうことだろう」
「確かに、噂は全て音に関するものだった。怪我をしたという話は聞かなかったものね」
晶穂がなるほどと頷き、ちらりと大砲を顧みた。
「空砲の間をぬえば、攻撃……というか近付くことも出来そうだね」
「相手は無機物だからな。何がどうなるか一切わからんぞ」
克臣の言葉に、全員が頷く。大砲が種の守護だった場合、近付いた途端に実弾を発射してくる可能性もあるのだ。
「実弾となると、なかなか難しいよね。機械的なスピードだし」
あたって怪我をするかもしれない、とユーギが怯える。体術メインのユーギにとって、飛び道具の砲撃はより怖いものなのだ。
そんなユーギに、ジェイスは「そうだね」と肩を竦めた。
「全て躱すつもりで挑んだ方が良いと思うよ。どんな武器相手でもそうだけれど、痛みは半端じゃないからね」
「ぼくとジェイスさんが防御を固めた方が良いかな? あとのみんなが動きやすいように」
ユキの提案は、氷属性の彼と気の力を操るジェイスが壁を築いて砲撃から仲間たちを守るという戦法だ。それを聞き、ジェイスは曖昧に頷く。
「それもありだけど……晶穂」
「はい」
自分に白羽の矢が立つとは思っていなかった晶穂が返事をすると、ジェイスはふっと微笑む。
「晶穂、わたしたちの手助けを頼めるかい?」
「勿論です! やらせてください」
「良い返事だ」
グッと両手を握り締めた晶穂は、ハッとして振り向く。そのこめかみを、こぶし大の何かが駆け抜けた。突風が吹き、晶穂の灰色の髪が
「晶穂!」
「リン、今のって……」
「もう始まってるってことだ」
突然のことで反応出来ず呆然とする晶穂をかばうように前に立ち、リンはこちらに照準を合わせている大砲を睨み据えた。仲間たちもそれぞれに危険を察し、崖の上からこちらを見下ろす大砲に注意を払う。
ドンッ。発砲音が響き渡り、リンが剣を引き抜き素早く振り下ろした。
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