第663話 リミットが迫る
スカドゥラ王国の街道は整備されており、荒れた土地は王都周辺には見受けられない。何処も整えられた町並みで、雑多な建物が好きに造られ町が形成されたわけではないと一目でわかる。全て、計画性をもって町になったのだ。
「あ、こっちみたいですね」
春直が指差したのは、道路の表札のようなものだ。二股の道のどちらに進めば何があるかを示した案内板である。その左側を指差し、春直は顔を近付けてそれを声に出して読む。
「『こちら、アンバーダリオ。断崖の上に造られた町』だって。断崖……さっきの話に出てきたのはこの町かもしれませんよ」
「この辺りも十分に立派な町に見えるが、そのアンバーダリオではないんだな。スカドゥラ王国ってのは、何処もかしこも整備された国なんだな」
「克臣、一つ手前の町だ。少し話を集めてから行かないか?」
「賛成。ってか、軽く腹減ったわ」
道に立っていた時計台は、見上げると午後五時を示す。道理で暗くなってきたはずで、冬本番まではあと少しだ。
克臣が伸びをすると、同時に腹の虫も鳴った。夕食時が近いためか、食事を提供している店からはおいしそうなにおいと湯気が漂っている。
夜が近付き、晶穂は寒気を感じて自分の二の腕を撫でた。そして、看板を見ている春直に声をかけた。
「春直、そのアンバーダリオまではどれくらいかかるかは書いてあるの?」
「えーっと、具体的な時間は書かれていません。ただ、距離を見ると三十分もせずに到着出来ると思います」
現在いる町を抜けると、アンバーダリオはすぐだ。大通りをこのまま真っ直ぐに行けば、迷うことなく入ることが出来るらしい。それがわかると、晶穂は
「不思議な事が起こるのは、夜でしたよね。だったら、この町で少し休んで行っても十分かもしれません。今回は大砲……無機物相手だとわかっていますし」
「話してわかる相手でもないしな。――っ、良いんじゃないか?」
「リン?」
一瞬、リンの顔が歪んだ。まさに一秒にも満たない時間で、晶穂は瞬きをする。しかしリンはすぐにいつも通りにふるまい、ことはうやむやになった。
晶穂の不安を他所に、リンは四つ角の一角にある大きめのカフェレストランを見付けて指差す。路上に出ている立て看板には、ハンバーガーやライスバーガーといったすぐに食べられて腹の足しになりそうなメニューがイラスト付きで並んでいた。
「あの店なんてどうですか? 窓から見える限りですが、この人数入れそうです」
確かに、夕食には少し早い時間ではあるためか中の客数は少なそうだ。それを聞き、ユキが「はい」と手を挙げる。
「本当だ。じゃあ、ぼくらが空席があるか聞いて来る。その間、晶穂さん」
「えっ」
「兄さんをよろしくね? ほら、ジスターさんも!」
「お、オレも!?」
「え……」
「おい、ユキ!」
思いがけないことを言われ、晶穂は咄嗟に返事が出来ない。リンがユキを止めようと手を伸ばすが、持ち前の身軽さで兄の追跡を躱して走って行ってしまう。ユキに手を引かれたジスターと、更に年少組が全員走って行ってしまった。
「……何なんだよ、あいつは」
頭をかき、リンは眉をひそめる。ジェイスと克臣は何も言わず、晶穂に目で訴えた。
「……っ」
先ほど感じた違和感は、決して自分だけの感覚ではなく、間違いでもなかった。晶穂はそう確信し、リンの腕を掴む。
「わっ!? ど、どうしたんだよ、あき……」
「リン、腕見せて」
「――っ、駄目だ」
「そう言っても、見せてもらうから」
「やめっ……」
申し訳ないと思いながらも、晶穂はリンの抵抗を遮って彼の長袖をまくる。そして、そこに広がるものに息を呑んだ。
「もう、こんなに……っ」
「――だから、見せたくなかったんだ。俺は、誰にもそんな顔をさせたくない」
抵抗を諦めたリンが、苦々しく呟く。彼の腕には、隙間なく幾何学模様のような痣が広がっていた。細いが程よく筋肉のついている腕は、今や肌色がわからないくらい黒いもので埋め尽くされている。
言葉を失った晶穂に代わり、ジェイスが眉間にしわを寄せて問う。
「また広がっているな。リン、痛みは?」
「それほど頻繁ではありません。それに、広がる速度は以前よりかなり遅くなりましたよ、これでも」
「七つの種を集めて、あと三つなんだ。速度が速まるなんてこと、あってたまるかよ」
そう吐き捨てた克臣は、ちらりとカフェレストランを眺めて呟く。
「リン、ユキたちにバレていないなんて思わないことだな。あいつは知った上で、ジスターを傷付けないように連れて行ったぞ」
「……あいつは、出来過ぎなんですよ。まいったな、バレていたのか」
肩を竦め、リンは晶穂の手を取って離させる。そして、首元まで閉じていた上着のファスナーを胸元まで下ろす。すると首元が露になり、そこにも痣が広がっていることが分かった。
「ここまでで、体が耐えてくれています。流石に顔にも来られたら、隠す術がなくなりますが」
もしも顔も全て痣が覆えばどうなるか、リンだけではなく全員が知っている。
克臣がギリッと歯を噛み締めて呻いた。
「……タイムリミットが近付いているってことか」
「そんなこと、させませんよ。俺はもう……一人ではありませんから」
そうだろう? 問うように、リンが晶穂の手を掴む。体温が伝わって来て、晶穂は泣きそうになるのをグッと堪えた。泣くのは、毒を消し去った後だ。
「当たり前だよ。さ、ユキも呼んでるし行こう」
「――ああ」
ファスナーを上げ、リンは晶穂と共にカフェレストランへ向かって歩き出す。彼らを待ち受けるユキたちが、大きく手を振っている。
「……ジェイス」
「わかっているさ、克臣。私たちに出来るのは、全て確実に手に入れることだけだ」
「ああ。絶対に、リンを失わせなんかしないさ。そうだろう?」
最後まであがき、抵抗し続ける。兄貴分たちは互いの覚悟を確かめ合うと、拳をぶつけて笑う。これくらいのピンチは、乗り越えるためにある。
「ジェイスさん、克臣さん。来ないんですか?」
「腹が減っては、ですよ」
「ああ、今行くよ」
「たくさん食えよ、特にジスター!」
「な、なんでオレなんですか!?」
最近、克臣はジスターをからかうのが好きらしい。そんな発見をして、リンは案内された席でメニュー表を開いた。
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