第662話 西へ
待ち合わせ場所にリンと晶穂が到着すると、先にジェイスたち三人がいた。
「早かったですね、三人共」
「お帰り、リン、晶穂」
「よう、収穫はあったか?」
「はい。ユキたちはまだですか?」
振り返るが、ユキたち年少組の姿は見えない。晶穂が尋ねると、ジスターが「ああ」と頷いた。
「まだ帰ってきていない。途中で何度か見かけたが、声はかけなかったしな」
広いとはいえ、人通りの多いところでの聞き込みとなるとどうしても被る。ジスターたちはユキら年少組を見付け、場所を変えたという。
待ち合わせ時間から、五分が過ぎた。それくらいといえばそれまでだが、晶穂は心配そうに四人が来るであろう方向を眺めている。
リンも何食わぬ顔をしているが、何となく視線が泳ぐ。
二人の様子を見て、克臣がジスターの肩に腕を回して笑う。
「と言いつつ、ジスターは吽形を見張りにつけてたけどな。意外と心配性っていうか、優しいよな、お前」
「いや、別に……」
カッと顔を赤くしたジスターが否定しないところを見ると、本当なのだろう。証拠だとばかりに、阿形が姿を見せてふわふわ浮いている。
リンと晶穂は同時にクスッと笑い、目の前にやって来た阿形を撫でた。
「なら、もう少し待っていましょうか」
「吽形が見てくれているなら、心配はいりませんね。それに、あいつらも心配するような年齢でもありませんし」
「あんまり過保護だと、嫌われてしまったら悲しいです」
「違いないな。普通に凹む」
ユキに「嫌いだ」と言われた場合を想像し、リンは悲しそうに目を伏せた。
そんなことにはならないと全員がわかっているが、克臣がリンの肩をぽんと叩く。
「大丈夫だろ。離れていた時間の方が長いんだ。これから喧嘩でもしながらやっていけば良い」
「精々嫌われないように頑張ります」
苦笑をにじませ、リンは足音を耳にして顔を上げる。すると、向こうから四人が吽形と共に走って来るのが見えた。
「おっ」
「あ」
「お帰り、四人共」
「ただいま帰りました」
唯文が言い、ユキたちも「ただいま」と笑う。そこへ何処からともなく吽形が現れ、ジスターに撫でろと要求した。その要求に応じながら、ジスターは目元を緩ませる。
「おかえり、吽形」
主に撫でてもらい、吽形はご満悦だ。とはいえ、あまり表情は変わらないが。
吽形の姿が消え、全員が揃った。各々好きに座ったり立ったりしている中、ジェイスがぐるっと見回す。
「さて、みんな揃った。リン、順番に報告していく形で良いかい?」
「はい。……じゃあ俺たちから」
リンは晶穂を振り返り、いいかと許可を求めた。それに晶穂が頷いて返すと、ゆっくりと話し始める。
「俺たちは市場での噂話を一つ仕入れました。この国の南か西、そのどちらかで不思議な出来事が起こるようになったそうです」
「不思議な出来事、ね。どんなものだろう?」
ジェイスに先を促され、リンは頷く。
「はい。なんでも、夜な夜な大砲の音が聞こえると言うんです」
「大砲?」
目を瞬かせる春直に、晶穂が「そうなの」と肩を竦める。
「このところ毎晩のことらしく、その方々は子どもたちを心配しておられました。小さな子は、きっと怖がって眠れないだろうと」
「城からも警備等が出ているらしいのですが、芳しい結果は出ていないと聞きました」
「成る程な」
傍の建物の壁に寄りかかっていた克臣が、軽く片手を挙げて発言権を求める。リンが「克臣さん、どうぞ」と振ると、彼は壁から背中を離した。
「俺らも同じような話……というか、ほぼ同じ噂を聞いた。こっちでは西側のことだと言っていたけどな」
「なら、西側で間違いないんでしょうね。ユキたちはどうだ?」
年少組の方をリンが見ると、問い掛けられたユキがぶらつかせていた足を止めた。
「ぼくらが得たのも、同じだと思う。大きな音が毎晩する町があって、みんな寝不足なんだって。それから……なんだっけ?」
「夜中、崖の上で空に向かって弾を放つ大砲が目撃されたそうです。しかし、目撃者がその崖の上に行ったところ、何もなかったとか。地元では、新たな怪談だと話題になっているらしいですよ」
ユキの後を引き継いだのは唯文だ。
四人は持ち前の人懐っこさを活かし、話好きそうな女性や男性に片っ端から声をかけてきた。相手も自分の話に興味を持ってくれる相手がいて嬉しいのか、聞くだけ答えてくれるのだ。
一つ目はスカドゥラ王国の西の町、それは決まったようなものだ。後はその町の名前さえわかれば良い。
その時、晶穂が「あっ」と声を漏らした。彼女の顔に迷いの色を見て、リンは聞いてみる。
「どうした、晶穂?」
「あの、ね。随分前のことなんだけど、わたし、ソディールに来た最初の頃に何度かリドアスの図書館で片っ端から本を読んでいたことがあったの。その時読んだ本の中に、スカドゥラ王国の話があって」
「ああ」
「昔話なんだけど、双子の男の子のお話だったと思う。数十年に一度の周期で必ず双子の男の子が生まれる町があって、彼らはとある役割を持っているんだって」
「役割? 晶穂、その役割が何かということは、本には書いてあったかい?」
ジェイスに問われたが、晶穂は首を横に振った。
「残念ながら、それについての言及はありませんでした。……わたしが覚えていないだけかもしれませんが」
あの頃は、全てが初めてのことで戸惑いと安堵と好奇心でいっぱいいっぱいだった。そんな頃に読んだ本だから、隅から隅まで読んで内容を覚えているかと問われると、正直自信はない。晶穂が正直に言うと、ジェイスは「当然だ」と柔らかく笑った。
「もしかしたら、そちらも種に関係があるかもしれない。道中、そちらの情報も集めていけば良いんじゃないかな? どうだろう、リン」
「全部ジェイスさんに言われてしまいましたよ」
軽く笑い、リンは晶穂の頭をぽんと撫でた。その瞬間に晶穂が赤面するが、リンの意識はそちらには向いておらず気付かない。代わりに目撃した年少組が、顔を見合わせ苦笑いした。
「団長、無意識かな」
「ぽいね。全く、無自覚って怖いな」
「お前の兄貴だろ、ユキ」
「ぼくから見ても、兄さんはそういうところ可愛いって思っちゃうな」
こそこそと話す四人の話題がまさか自分だと思わず、リンはちらりと王城のある方向を見てから口を開いた。
「出来れば、西のどの町の話なのかここで知っておきたかったですが。時間が惜しいので、歩きながら情報を集めましょう」
「近付けば近付くほど、より確かな情報は得られそうだからな」
ジスターの言葉に、克臣も同意する。
「だな。それじゃ、そろそろ行くか?」
「はい」
全くの未知の土地だ。少々土地勘のあるジスターを先頭に、一行は西へ向かって歩き出した。
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